気送管

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病院で使用されている気送管設備(2017年)

気送管(きそうかん)或いはエアシューターエアシュートとは、筒状の容器を管の中に入れ、圧縮空気もしくは真空圧を利用して輸送する手段である[1]。病院、オフィスビル、宿泊施設等で使用されており[2]、検体・薬品・書類・宿泊料等の輸送に使われている。

なお、エアシューター、エアシュート共に和製英語であり、1953年に上野工業株式会社(現:株式会社日本シューター)が出願した商標「エアーシューター」(登録第441450号)が広まったとの説がある。英語ではpneumatic tube(ニューマチック・チューブ)などと呼ばれる。

歴史[編集]

空気圧を利用して管を通して輸送に用いる概念は、アレキサンドリアのヘロンの時代にまで遡る[要出典]。この形式の運搬法は1667年のドニ・パパンの論文が最初の文献とされている[要出典]。1806年、Phineas Balkによって空気圧を交通機関として使用する発明がされた[要出典]。1886年、ビクトリア時代に初めて電信の通信文や電報電信局から近隣の建物に輸送する為に気送管が使用された[要出典]

初期はおもに電報の運搬に用いられ、イギリスで1854年、ドイツで1872年[3]フランスで1875年、アメリカ合衆国で1876年、実用化された。日本では1909年(明治42年)、東京江戸橋郵便局と兜町株式取引所の間、江戸橋郵便局と神田郵便局との間に装置されたのが最初である[要出典]

気送管ポスト[編集]

ベルリンの郵便局(1951年)

気送管ポスト または 気送手紙は圧縮空気管を使用して手紙を送るシステムである。スコットランドの技術者ウィリアム・マードックによって1800年代に発明され、後にロンドン空気輸送会社によって実用化された。気送管ポストシステムはいくつかの大都市で19世紀後半から始まったが、20世紀にはほとんど廃止された。

形式上、屋内運搬と屋外長距離運搬に分けられ、前者は比較的速度が速くなくてもよく、空気消費量が少ないが、後者は速度、空気消費量が経済的におおいに問題となり、種々の考案がなされた。 管の直径は最小1.25インチからで、2.25インチの標準寸法のものはおもに電報用である。 大型では4インチ×7インチのものもあるが、日本では用いられなかった。ドイツでは容器を用いず、厚紙の一端を折り曲げてそのまま送る扁平管の気送管がある[要出典]。 フランスのパリでは1866年から気送管を用いた手紙の配送システムを構築し1934年には136か所のパリの全郵便局が気送管で結ばれ、数十分で手紙が目的地に到着していた。このシステムは1984年まで稼働していた[4]。 日本においては、東京、大阪、神戸の中央電信局と、市内局との間に設けられ、また、東京中央電信局の受付と通信室との間のような局内搬送用にも利用された。東京中央電信局の天井からは数十本の真鍮管が下り、市内22局と連絡し、1日1万数千通を取り扱った[要出典]

第二次世界大戦までの巡洋艦以上の軍艦では無線電信室を容易に破壊されないよう艦橋構造物の下の艦内に設置するため、艦橋との間で電文や原稿をやり取りする目的で設置する場合があった[要出典]

気送交通[編集]

ニューヨーク市のビーチ・ニューマチック・トランジット(1870年)

1812年にはen:George Medhurstにより、気送管で人員を輸送する交通機関が考案され、後に大気圧鉄道として実現した。

1960年代、ロッキードマサチューセッツ工科大学商務省の援助を得て、大気圧と振り子の力で減圧チューブ内を時速626kmで走行可能な交通機関の研究を行っていた[5]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

Hadfield, Charles (1967). Atmospheric Railways. Newton Abbot: David & Charles. ISBN 0-7153-4107-3. 

出典[編集]

外部リンク[編集]