栃木県立宇都宮中央女子高等学校

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栃木県立宇都宮中央女子高等学校
Utsunomiya-Chuo Girl's High School.JPG
過去の名称 栃木県立宇都宮第二高等女学校
宇都宮松原高等学校
栃木県立宇都宮松原高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 栃木県の旗 栃木県
校訓 清純・情熱・進取
設立年月日 1928年
共学・別学 男女別学(女子校)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
総合家庭科
高校コード 09105H
所在地 328-0054
栃木県宇都宮市若草2-2-46
北緯36度34分51秒 東経139度51分40秒 / 北緯36.58083度 東経139.86111度 / 36.58083; 139.86111座標: 北緯36度34分51秒 東経139度51分40秒 / 北緯36.58083度 東経139.86111度 / 36.58083; 139.86111
外部リンク 公式サイト
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栃木県立宇都宮中央女子高等学校の位置(栃木県内)
栃木県立宇都宮中央女子高等学校

栃木県立宇都宮中央女子高等学校(とちぎけんりつうつのみやちゅうおうじょしこうとうがっこう)は、栃木県宇都宮市若草二丁目にある県立の女子高等学校。略称は「宇中女(うちゅうじょ)」、「中女(ちゅうじょ)」、「中央(ちゅうおう)」など。

概要[編集]

歴史
1928年(昭和3年)に栃木県女子師範学校に併設された「栃木県立宇都宮第二高等女学校」を前身とする。1948年昭和23年)の学制改革により新制高等学校となる。現校名になったのは1957年(昭和32年)。2013年平成25年)に創立85周年を迎えた。
設置課程・学科
全日制課程 2学科
  • 普通科 (各学年6クラス)
  • 総合家庭科 (各学年1クラス)
校章・生徒指針
「清純・情熱・進取」
教育目標
  • 自他の人格を重んじ、民主的社会の形成に励む。
  • 自然を愛し、豊かな情操を養い、文化の創造に努める。
  • 進んで真実を求め、科学的な生活態度を養う。
  • 規律ある生活を心がけ、心身の調和的発達をはかる。
  • 日本人としての誇りに生き、国際社会の福祉と発展につくす。
校章
校名の「中」と「央」の文字を組み合わせたものを背景にして、中央に「高」の文字を置いている。
校歌
歌詞は3番まであり、3番に校名の「宇都宮」が登場する。
同窓会
「若草会」と称している。

沿革[編集]

  • 1928年(昭和3年)
    • 4月13日 - 「栃木県立宇都宮第二高等女学校」として塙田町の栃木県女子師範学校内において開校式を挙行。
      • 定員を150名、入学資格を尋常小学校を卒業した12歳以上の女子、修業年限を4年(現在の中1~高1に相当)とする。
    • 10月 - 栃木県師範学校が戸祭校舎に移転したため、併設を解消。
  • 1929年(昭和4年)11月16日 - 校旗を制定。
  • 1933年(昭和8年)8月31日 - 戸祭町の栃木県女子師範学校構内に校舎を新築して移転を完了(再併設)。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令が施行される(旧制中学校高等女学校実業学校旧制中等教育学校としてひとくくりにされる)。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年となる(ただし4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)が行われる。
    • 高等女学校としての生徒募集を停止(1年生不在)。
    • 新制中学校を併設し(名称:栃木県立宇都宮第二高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定措置として設置されたもので、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3・4年修了者はそのまま高等女学校4・5年生として在籍した(ただし4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足)が行われる。
    • 高等女学校が廃止され、新制高等学校(栃木県立)「宇都宮松原高等学校」が発足。
    • 高等女学校5年修了者を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業者(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は継承され(名称:宇都宮松原高等学校併設中学校)、1946年(昭和21年)4月高等女学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校が廃止される。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 「栃木県立宇都宮松原高等学校」に改称。定員が200名(普通科150・家政科50)となる。
  • 1952年(昭和27年)11月30日 - 新校歌を制定。
  • 1956年(昭和31年)11月26日 - 現在地に移転。
  • 1957年(昭和32年)4月1日 - 「栃木県立宇都宮中央女子高等学校」(現校名)に改称。制服と校章を改定。定員を400名とする。
  • 1959年(昭和34年)5月30日 - 新校旗を制定。  
  • 1960年(昭和35年) - 全日本学校環境緑化コンクール全国1位に入賞し、文部大臣及び農林大臣賞を受賞。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 家庭科を家政科に改称。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 衛生看護科を設置。
  • 1982年(昭和57年) - 全日本学校環境緑化コンクール全国1位に再度入賞、文部大臣・農林水産大臣及びNHK会長賞受賞。
  • 1985年(昭和60年)3月23日 - 澄心寮が完成。
  • 1986年(昭和61年)5月22日 - 普通教室(第2校舎)が完成。
  • 1988年(昭和63年)2月20日 - 第3校舎が完成。
  • 1991年(平成3年)7月15日 - 講堂体育館が完成。
  • 1993年(平成5年)6月30日 - プールが完成。
  • 1994年(平成6年)4月1日 - 家政科を総合家庭科に改称。
  • 2000年(平成12年) - 多目的ホール(通称・赤レンガ倉庫)が登録有形文化財に登録される。
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 衛生看護科の募集を停止。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - 本館が完成。
  • 2004年(平成16年)3月31日 - 衛生看護科を廃止。
  • 2022年(平成34年)4月1日 - 共学化予定。

学校行事[編集]

  • 秋桜祭(しゅうおうさい) - 学校祭。隔年実施。

部活動[編集]

文化部
運動部

共学化[編集]

急速に進む少子化を見据えて栃木県教育委員会が策定を進める2018 - 22年度の第2期県立高等学校再編計画で、宇都宮中央女子高等学校を共学化する方針を固めたことが13日、下野新聞社の取材で分かった。宇都宮地区では、宇都宮東高等学校が2007年に附属中学校開設し共学化されたことにより、男女別学校には募集定員に2倍の差が生じたため、中央女子高の共学化で男女比を均一にする狙いがある。高校で次期学習指導要領が始まる22年度の新入生から男子の募集を始める見通し。教育委員会は7月上旬に計画全体案を公表し、パブリックコメントなどを経て2017年秋に決定予定[1]

同時に共学化の方針が出された栃木県立足利女子高等学校とともにパブリックコメントを実施した結果、足利女子高に対する反対が多数を占めたが中央女子高に対する意見もあったが[2]、2017年11月7日に足利女子高とともに共学化が決定した[3]

赤レンガ倉庫[編集]

  • 明治時代に旧陸軍第14師団の配下である歩兵第66連隊のために、厨房・食堂・米庫・浴場等の施設を備えたイギリス積みのレンガの平屋建ての建物で、現在は南北に26m、東西に9mとなっているが、当初は南北に82mであったと考えられている。
基礎は、割り栗石とコンクリートの上にレンガを積み芦野石を化粧台に置いている。屋根はトラス構造の小屋根組に越屋根を乗せている。一時的にトタンの切妻造に改修されたこともあるが、旧陸軍関連の史料等に基づき、創建時の桟瓦葺に復元された。
  • 歩兵第66連隊廃止後は、空き家を経て1928年に栃木県が軍から払い下げを受け、栃木県師範学校が松原より移転した。この師範学校時代は、歩兵第66連隊時代と変わらず厨房・食堂・浴場として使用されていた。
  • 戦後、師範学校が宇都宮大学に統合されると赤レンガ倉庫は理科実験実習室として使用された。
  • 宇都宮大学は1955年に峰町に統合移転後、中央女子高が譲り受け、改修工事中に栃木県知事より栃木県立聾学校へ敷地の一部を譲るように要請され、これを受託した結果赤レンガ倉庫は中央女子高と聾学校の敷地を跨ぐ形になった。
  • 中央女子高側では1960年まで引き続き理科実験実習室として使用の後、運動クラブの部室を経て倉庫として使われるようになり、登録有形文化財指定後に多目的ホールに改修された。
  • 赤レンガ倉庫のうち、聾学校側は食堂・炊事場・浴場として使用していたが、昭和50年代に取り壊された。
  • 赤レンガ倉庫の南にもレンガ作りの建物があり、歩兵第66連隊時代は炊事倉庫として、師範学校では武道場として、1963年の中央女子高の家庭科総合実践室建設の頃までは現存していた。

著名な出身者[編集]

交通[編集]

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの国道・県道

周辺[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 『戸祭地域の歴史再発見』 戸祭歴史セミナー、2018年2月。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]