柴山雄一

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柴山雄一
Yuichi-Shibayama20110321.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府寝屋川市
生年月日 (1978-02-19) 1978年2月19日(41歳)
身長 160cm
体重 53kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
勝負服 青・白十字襷、袖青・白縦縞(笠松所属時)
初免許年 1998年(笠松)・2005年 (JRA)
免許区分 平地[1]
経歴
所属 飯干秀人(笠松)→
畠山吉宏(美浦)→フリー
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柴山 雄一(しばやま ゆういち、1978年2月19日 - )は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンター所属の騎手

略歴[編集]

騎手になるまで[編集]

後輩の柴原央明とは同郷。「競馬なんて全然知らなかったですし、テレビの中継も見たことがなかったです」と本人が語るように、競馬とは全く接点のない家庭に育つ。

中学校3年生のときに、競馬学校に関するドキュメンタリー番組を見た母親から騎手を勧められ、JRAの競馬学校の願書も母親が勝手に取り寄せたという。この母親の勧めが契機となり騎手を志すようになった。

しかし、12期生入学試験のときから競馬学校を受験するも、3年連続で不合格となった。最初の受験時には福永祐一細江純子らと一緒になり、次の年には武幸四郎勝浦正樹らと、最後の年には酒井学池添謙一らと一緒に受験した。

その後、当時アルバイトをしていた滋賀県の牧場から笠松競馬場を紹介され、高校3年生の1学期で学校を中退し、受験先を地方競馬教養センターに切り替えて騎手を目指していくこととなった。

笠松時代[編集]

1998年にデビュー。兄弟子に当たるのは安藤光彰。デビューの年には体重オーバーによりレース直前の騎乗変更を6回させられている。この時、本人曰く「本当に騎手をクビになりかかっていた」が、師匠の飯干秀人調教師による主催者への懸命の説得でそれを免れた。

これ以後、騎手としての自覚が高まり、2004年には笠松競馬リーディング第4位となるなど若手のホープとして活躍するようになった。2004年に同じ笠松競馬出身の安藤勝己の勧めもあり、JRAの騎手免許試験を受験する。

地方競馬騎手に対しては、中央競馬にて5年間で年間20勝以上を2回クリアすると一次試験の筆記試験が免除され二次試験から受験可能である特例が設けられていたが、柴山はこれに該当せず(柴山のそれまでの中央競馬での成績はわずか2勝であったため)、一次試験からの受験となった。それでも猛勉強の末に見事試験に一発合格。笠松競馬からは安藤勝己に続く2人目の、地方競馬出身者としては前年の小牧太赤木高太郎に続く4人目の移籍騎手となった。地方通算成績3240戦393勝(JRA72戦2勝)。

中央移籍後[編集]

2005年3月、美浦所属のJRA騎手として騎乗を開始。当初、大阪府出身ということもあり、栗東所属を考えていたが、畠山吉宏調教師に誘われたことで美浦所属となった。名前の売り込みを兼ねてローカル競馬を中心に活躍。勝ち星を面白いように重ね、最終的に80勝を挙げる活躍を見せた。暮れの中日新聞杯では念願の重賞初制覇も果たし、この年の「中央競馬騎手年間ホープ賞」を受賞した。

2006年は正月の中山金杯ヴィータローザで制し、また5月14日にはJRA通算100勝を達成した。

2007年は第4回福島牝馬ステークススプリングドリューで制し、中央移籍後3年連続の重賞勝利を記録したあとにはロックドゥカンブラジオNIKKEI賞セントライト記念を勝つなど目覚しい活躍を見せた。

しかし、同年天皇賞・秋にエイシンデピュティに騎乗した際、内にいたコスモバルク斜行したのを見て馬が過剰に反応し、外に急激に斜行。外にいたアグネスアーク、シャドウゲイトアドマイヤムーンダイワメジャーに大きな不利を与えてしまった。レース後の審議の結果、騎乗馬は8着→14着に降着、自身も11月3日から11月11日まで、開催日4日間の騎乗停止処分となった。

2008年は第26回中山牝馬ステークスヤマニンメルベイユに騎乗し、2008年初となる重賞勝ちを収めた。

2009年1月1日付で、所属していた畠山吉宏厩舎を離れフリーになった[2]。以降も畠山吉宏厩舎の管理馬には騎乗している。それ以外ではヤマニンメルベイユを始めとする、栗田博憲厩舎の管理馬に騎乗することが多い。

おもな騎乗馬[編集]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 2000年6月4日 2回中京6日6R 4歳500万円下 シルバーグレート 15頭 14 9着
初勝利 2003年7月19日 2回新潟1日6R 2歳新馬 トーホウチェリー 14頭 1 1着
重賞初騎乗 2004年3月6日 1回阪神3日11R チューリップ賞 ウェルフェア 15頭 14 11着
重賞初勝利 2005年12月10日 3回中京3日11R 中日新聞杯 グランリーオ 16頭 8 1着
GI初騎乗 2005年5月22日 3回東京2日11R 優駿牝馬 コスモマーベラス 18頭 14 10着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
2005年 80 62 61 739 .108 .192 .275
2006年 52 69 85 810 .064 .149 .254
2007年 40 45 48 675 .059 .126 .198
2008年 30 43 33 684 .044 .107 .155
2009年 14 29 26 629 .022 .068 .110
2010年 20 30 36 589 .034 .085 .146
2011年 24 26 34 566 .042 .088 .148
2012年 27 43 48 655 .041 .107 .180
中央 300 350 374 5419 .055 .120 .189
地方 11 12 14 99 .111 .232 .374

脚注[編集]

  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月6日閲覧。
  2. ^ 競馬ブックコーナー”. 競馬ニホン. 2015年10月25日閲覧。
  3. ^ 2015年レース結果 - JBIS 2015年3月23日閲覧
  4. ^ 【スワンS】3歳牝馬アルビアーノが重賞2勝目! サンケイスポーツ 2015年12月7日閲覧
  5. ^ ルミナスウォリアーが抜け出し重賞初制覇/函館記念netkeiba.com、2017年7月16日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]