松平忠翼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平忠翼
時代 江戸時代後期
生誕 安永9年11月28日1780年12月23日
死没 文政4年3月20日1821年4月22日
官位 従五位下、織部正、従四位下、下総守、侍従
幕府 江戸幕府
伊勢桑名藩主
氏族 井伊氏奥平松平家
父母 父:井伊直朗、母:吉田氏
養父:松平忠和
兄弟 忠翼井伊直経
正室:国姫松平忠和の養女、松平忠啓の娘)
忠堯忠彦小笠原政礼(四男)、忠国
米津政堯(六男)、鋭子(保科正丕正室)、
娘(増山正直正室)、娘(大岡忠愛正室)

松平 忠翼(まつだいら ただすけ)は、江戸時代後期の伊勢桑名藩第6代藩主。奥平松平家8代。

生涯[編集]

越後与板藩井伊直朗の次男として生まれ、桑名藩主松平忠和の養子となる。享和2年(1802年)、養父の死去により家督を相続した。

奥平松平家の家督相続者に望まれた理由の一つとして考えられるのは血縁である。養父の忠和、その先代(6代目)忠功は、いずれも紀州徳川家の出身で家祖忠明の血統ではなかったが、忠翼は祖父井伊直存が奥平松平家から養子に出ており、忠翼は奥平松平家3代忠雅の曾孫に当たる。

文政4年(1821年)に42歳で死去し、その跡は長男の忠堯が継いだ。