松平乗喬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
松平乗喬
時代 江戸時代後期
生誕 文政4年(1821年
死没 安政2年7月26日1855年9月7日
戒名 春浩院義方成性
墓所 東京都台東区上野の春性院
官位 従五位下、能登
幕府 江戸幕府 奏者番
美濃国岩村藩
氏族 大給松平家
父母 父:松平乗美、母:千葉氏
兄弟 乗啓乗喬乗敦牧野忠興
正室:牧野節成の娘・寿松院
乗一(長男)、乗命、敏(有馬氏弘継室のち上杉茂憲継々室のち井上某室)、
娘(大道寺某室)、娘(滝川忠挙室)

松平 乗喬(まつだいら のりたか)は、美濃岩村藩の第6代藩主。岩村藩大給松平家7代。

概要[編集]

文政4年(1821年)、第5代藩主・松平乗美の次男として生まれる(生年は文政9年(1826年)9月25日とも)。

天保13年(1842年)11月16日、父の隠居により家督を継ぎ、天保14年(1843年)1月に従五位下・能登守に叙位・任官する。嘉永4年(1851年)に奏者番に任じられた。安政2年(1855年)7月26日に死去した。享年35。跡を次男の乗命が継いだ。