服部峻治郎

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服部 峻治郎(はっとり しゅんじろう、1890年(明治23年)12月18日 - 1983年(昭和58年)4月19日)は、日本の医学者小児科医医学博士。元京都大学総長。

略歴[編集]

概説[編集]

1890年兵庫県生まれ。京都帝国大学教授、同病院長を経て1951年京都大学総長に就任。その直後、昭和天皇の京都大学視察訪問に際し、学生が公開質問状を用意し「平和の歌」をうたって迎えた『京大天皇事件』が起こり、その責任をとって1953年辞任。1983年に92歳で死去[1]

年表[編集]

受賞歴[編集]

主な受賞歴は以下のとおり[2]

脚注[編集]

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  1. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus”. 2010年3月4日閲覧。
  2. ^ 京都市名誉市民:服部峻治郎氏”. 京都市. 2010年3月4日閲覧。