文化財返還問題
文化財返還問題(ぶんかざいへんかんもんだい)とは、合法売買や窃盗など合法的又は違法な手段によって外国に渡った文化財を、その原産国・所有権を持つ国が返還要求することに関わる、あるいは、譲渡を要求することに関わる問題である。
目次
概要[編集]
主に、違法な略奪・盗掘や、植民地支配・戦争下での国家による違法な持ち出しが対象になるが、売買など合法的に収集された文化財の返還を求めている場合もある。フランスは合法的に収集された文化財に対する韓国の返還要求は拒否している[1]。
エルギン・マーブルのように「略奪」されたと考えられているものだけでなく、ロゼッタ・ストーンなど合法的に売買されている文化財への返還要求は、それらは国家ばかりでなくそれを所蔵する博物館にとっても目玉となる展示品となるため、文化財返還要は困難で期限付き貸与で所有権までは引き渡さないで「レンタル」する場合がある。2012年に日本の長崎県対馬市の観音寺から韓国の窃盗団が盗んだ文化財を日本に返還しなくてよいと2017年1月に韓国の裁判所で判決が出た際に、日本政府は「明らかな盗難品を返還しないことは国際法に違反する」と指摘した。この判決以降に韓国への文化財の貸与に日本だけでなく、返ってこない恐れから世界各国の博物館や美術館も否定的になって拒否する事態になっている。さらに他国の文化財所有権保護のためにアメリカ合衆国、日本、イギリス、カナダ、台湾、ギリシャなどは「文化財差し押さえ防止」を定めた国際条約に加入している。西京大学のソン・ボングン教授は「差し押さえ免除法は国民の文化享有権を保障するために必須」「世界の流れに反し、韓国だけが法の制定を先延ばしにしていることは深刻な問題」と他国の文化財の所有権保護を訴えている[2][3]。
1970年11月に採決されて、1972年4月に発効した文化財不法輸出入等禁止条約(文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約、ユネスコ条約)[4]は、文化財の不法な搬出を禁ずる国際的条約であり、1970年以降に他の締約国で盗まれた文化財の輸入の禁止、返還・回復、文化財の輸出規制などを定めている。条約以前に取得された文化財は返還義務の対象外となっている。2002年11月時点でオーストラリア、カナダ、中国、エジプト、フランス、ギリシャ、インド、イタリア、韓国、ベルギー、ポルトガル、スペイン、ロシア、トルコ、アメリカ、イギリスなど合計96ヵ国が加盟している。2002年12月9日に日本もユネスコ条約に加盟した[5]。
問題[編集]
貴重な文化財が一国に集められることで学術的な研究が進みやすいといった点や、原産国が文化財の保護や管理に熱心でない場合もあり、現所有者側が散逸や劣化を防いでいたという点から一定の評価をする意見もある。一例として、これまで大英博物館はエルギン・マーブルの所有を正当化する主張のひとつに挙げていた[6]が、事実ギリシアでは大気汚染によりパルテノン神殿での展示は不可能となっている[7]。
また、所蔵する博物館側が自らを「普遍的美術館」として位置づけ、その正当性を訴えた「普遍的美術館の価値とその重要性についての宣言」はその一例である。ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館などが団結して「過去の行為は現在と異なる価値観と文脈で判断すべき」「特定の国家ではなく、普遍的にあらゆる人々へ奉仕する義務」を強調する声明だった。2002年、大英博物館をのぞく欧米の主要な18館が参加した[8]。
所有権[編集]
『返還』という語は、所有側に合法性のある文化財について引き渡すことに用いることは避けられ、譲渡や引き渡しとされる。この点で、日本側が「引き渡し」として譲渡したのに韓国側が違法に取得された文化財に用いる「返還」だと意図的に誤訳して公式発表した場合のように両国間で齟齬が生じる場合もある[2][9][10]。フランスのように所有権についての争いを回避として、図書内容のコピー・デジタル化後に5年ごとに更新する貸与という形式にするやり方もある[11]。
国外展示への影響[編集]
所有権を争われる可能性のある品が国外で展示された場合、差し押さえや訴訟の対象となることがある[12]。この種の問題を回避するため、訴訟や差押え等の対象から除外する法整備を求められることがあり、日本では海外の美術品等の我が国における公開の促進に関する法律(海外美術品公開促進法)が2011年に制定されている[13]。
返還要求国の管理能力問題[編集]
返還要求国の文化財管理能力が疑問視されることもある。現地に残された文化財が破壊・汚損・盗難・散逸などされ、先進国が奪ったもののみが良好な保存状態で現存するというケースがしばしば見られる。もっとも、大英博物館がエルギン・マーブルを損壊したように、先進国にある文化財が必ずしも状態良好ではないことも指摘されている。
この問題に対してペルーは、2011年にエール大学から譲渡されたマチュ・ピチュの文化財を収蔵するため、クスコに新たにカサ・コンチャ博物館(Museo de la Casa Concha)を建造している[14]。この他エジプトはギーザに博物館(en:Grand Egyptian Museum)を建造するなど、受け入れ体制の整備は各国で行われている。
返還された文化財の中では、2006年にウシャク考古学博物館で、アメリカ合衆国からトルコに返還されたリディアの財宝から、「金のヒッポカンポスのブローチ」が盗難にあう事件が起こった[15]。その後、同国の博物館の管理体制を見直したところ、いくつかの盗難事件が発覚している。
各国の状況[編集]
エジプト[編集]
エジプトは、2010年までに5000件の文化財返還に成功している[16]。
韓国[編集]
2006年に朝鮮王朝実録、2011年に朝鮮王室儀軌を日本側は引き渡したが、これを韓国では返還と称している[10]。
フランスは返還を拒否して、5年ごとに更新する貸与の形をとった[11]。
日本[編集]
日本国内で保管されていた文化財が盗品として韓国に違法に持ち出されていて、長崎県安国寺の「高麗版大般若経」と兵庫県鶴林寺の掛軸「阿弥陀三尊像」について韓国政府による調査を要請している[17]。また対馬宗家文書等の文献・資料が韓国に残存していることも判明しているが[18]、これに関しては「アクセス改善」要求に留まっている[19]。
主な対象文化財[編集]
| 文化財 | 写真 | 要求国 | 収蔵国 | 所有者等 |
|---|---|---|---|---|
| ロゼッタ・ストーン | 大英博物館 | |||
| ネフェルティティの胸像 | 新博物館 | |||
| ハトシェプストの胸像 | メトロポリタン美術館 | |||
| ヘミウヌの像 | レーマー・ペリツェウス博物館(en) | |||
| アンクハフの胸像 | ボストン美術館 | |||
| デンデラの黄道帯 | ルーヴル美術館 | |||
| エルギン・マーブル | 大英博物館 | |||
| 円明園十二生肖獣首銅像の鼠と兔 | ピエール・ベルジェ(個人)(en) | |||
| プリアモスの宝(en) | プーシキン美術館 | |||
| 勝利した若者像(en) | ゲティ美術館 | |||
| モーツァルト、ベートーヴェンの自筆譜[注 1] | ヤギェウォ大学 | |||
| 朝鮮王室儀軌 | 宮内庁書陵部 | |||
| フランス国立図書館 | ||||
| 朝鮮王朝武具 | 東京国立博物館 | |||
| 楽浪・新羅・伽耶時代の古墳出土品 (415点) | 東京国立博物館、東京大学、京都大学 | |||
| 夫婦塚(新羅時代、慶尚南道梁山市)出土品272点 | 東京国立博物館 | |||
| 慶州金冠塚 | 東京国立博物館 | |||
| 安宅コレクション(陶磁800点) | 大阪市立東洋陶磁美術館 | |||
| 夢遊桃園図 | 天理大学図書館 | |||
| 利川五重石塔 | 大倉文化財団大倉集古館 | |||
| 朝鮮鐘 | 常宮神社 | |||
| 六角亭 (建築) | 紅葉谷公園 | |||
| 高麗版大般若経 | コリアナ博物館 | |||
| 銅造如来立像 観世音菩薩坐像 |
文化財庁 |
返還又は譲渡・更新貸与された文化財[編集]
| 返還年 | 文化財 | 写真 | 要求国 | 旧収蔵国 | 旧所有者等 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1930年 | 品川寺大梵鐘 | [1] | アリアナ美術館 | ||
| 1993年 | リディアの財宝(en) | メトロポリタン美術館 | |||
| 1996年 | スクーンの石 | ウェストミンスター寺院 | |||
| 2005年 | アクスムのオベリスク(en) | ポルタ・カペナ(en) | |||
| 2005年[注 2] | 北関大捷碑 | 靖国神社 | |||
| 2006年 | パルテノン神殿北面フリーズの一部 | [2] | ハイデルベルク大学 | ||
| 2006年 | ハイスラのトーテムポール | [3] | 民族学博物館(en) | ||
| 2007年 | アフロディテの像 | ゲティ美術館 | |||
| 2008年 | エウフロニオスの瓶(en) | メトロポリタン美術館 | |||
| 2011年 | 朝鮮王室儀軌 | [4] | 宮内庁書陵部 | ||
| フランス国立図書館 |
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ “フランスは返還拒否 韓国からの“略奪文化財” (2/2ページ)”. 産経新聞. オリジナルの2010年8月20日時点によるアーカイブ。 2018年6月8日閲覧。
- ^ a b “直指130年ぶりの帰国が、硬直した国会のため停止”. 2018年6月8日閲覧。
- ^ “韓国に貸したら返ってこない?世界各国が韓国への「文化財レンタル」を拒否=韓国ネットが反発”. 2018年6月8日閲覧。
- ^ 文化財の不法な輸入、輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約外務省
- ^ “文化財の不法な輸出入等の規制について”. 2018年6月8日閲覧。
- ^ 朽木 p.165
- ^ 略奪文化財は誰のものか岡内三眞、YOMIURI ONLINE 2012年1月4日閲覧。
- ^ 活動報告佐藤正久 2012年1月4日閲覧。
- ^ a b c 【取材日記】「菅首相談話」わざわざ誤訳した韓国外交部2010年08月12日
- ^ a b 朝鮮王朝の図書、フランスから145年ぶり「帰国」
- ^ [Part2] [中国/台湾]故宮めぐり日本で法整備asahi.com 2012年1月4日閲覧。
- ^ 文化庁
- ^ [ペルー]マチュピチュの出土品、100年ぶりの帰還asahi.com 2012年1月4日閲覧。
- ^ リディア王クロイソスの財宝盗まれる:米国から取り返したのに(Milliyet紙)東京外国語大学 2012年1月4日閲覧。
- ^ 毎日新聞2010年4月19日
- ^ 盗難文化財の再調査を韓国に要請 外務省 Archived 2011年5月13日, at the Wayback Machine.asahi.com 2011年5月9日
- ^ 日韓図書協定をめぐる自民党部会の要旨MSN産経ニュース 2011年4月20日
- ^ 日本由来文書に善処求める 日韓首脳会談で野田首相MSN産経ニュース 2011年10月29日