文化相対主義

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文化相対主義(ぶんかそうたいしゅぎ、Cultural relativism)とは、全ての文化は優劣で比べるものではなく対等であるとし、ある社会の文化の洗練さはその外部の社会の尺度によって測ることはできないという倫理的な態度と、自文化の枠組みを相対化した上で、異文化の枠組みをその文化的事象が執り行われる相手側の価値観を理解し、その文化、社会のありのままの姿をよりよく理解しようとする方法論的態度からなる。フランツ・ボアズによって提唱された。ただしボアズ自身はこの用語を用いていない。初出は: American Anthropologist誌のジュリアン・スチュワート[1]

認識論的起源[編集]

文化相対主義に似た思考を求めれば、古代ギリシアはもとより世界中の民族に見出せるかもしれない[2]が、学問的にはドイツ・ロマン主義啓蒙時代から伝統を引き継いだとされている[3]。19世紀後半のドイツは、民族Volkが担う文化Kulturは、土地や言語さらには人種と結びついた複合体となり、きわめて排他的な社会作用として機能していた。その認識論的起源はカントの弟子ヘルダーの文化的多元論にあるという。

「われわれの間だけでも、 ものの感じ方のありさまがいかに異なっているかに注意を払い、さらにこの地上のさまざまな風土のもとで暮らしている多くの人々のことを考える時、大波がうち寄せては返す大海を前にしているような気持ちにとらわれずにはいない。 すべての人間は、 彼自身の尺度をもっているのだ。

ヘルダー[4]またその類

ボアズの文化相対主義[編集]

フランツ・ボアズ[編集]

アメリカのドイツ移民[5]であるボアズは、ドイツ・ロマン主義に影響をうけ、文化について、その外部の尺度を用いて価値判断を下さないという価値の相対性を唱え、もし洗練の度合いを問題にするのであるのならば各文化内部にある尺度が使われるべきであるとした[6]

ボアズは当時一世を風靡していた社会進化論や、それに影響を受けていた人種主義進化主義人類学者モーガンらを論敵とし、演繹法的な進化論は論証に乏しく、人類学は帰納法を用いるべきとした[7]。また、進化主義が心理面に置ける同一性を根拠に、外的な特徴「諸社会の差異」を階層的に捉えることができるとしたのに対して、歴史的過程を重視した。

ボアズの弟子達による発展[編集]

ルース・ベネディクトマーガレット・ミードなどのボアズの弟子達は、文化相対主義を発展させた。ボアズが文化的バイアスを表現するために用いた「文化メガネ(Kulturbrillie)」を発展させ、人が習慣、制度、パターン化された思考により脚色された世界の中で生きているからこそ、自らの文化認識カテゴリーについて再帰的に検討することを主張した[8]

普遍主義かつ反自文化中心主義[編集]

クリフォード・ギアツは、人類学を専門的知識を一方的に集積する作業とは異なり、その知識が生まれる枠組みを同時に検討しながら進行させる再帰的な作業であるとした。また反文化相対主義に対して強く反論した[9]

ギアツの論点は、反文化相対主義者が普遍主義の視点から、文化相対主義が文化的アパルトヘイトを導く思考であると批判するときそれは自文化中心主義、もしくは他文化中心主義を批判しているだけであって、対話をするための枠組みとしての文化相対主義を批判できていないということである。その意味では、文化相対主義はある種の普遍主義的側面を持つ[2]

批判[編集]

1980年代、文化人類学者が利用してきた文化相対主義が、多様な文脈で使用されるようになってきた。結果として、文化人類学は保守陣営からは西欧価値観の喪失に寄与し「文化的ニヒリズム」を生み出したと批判され、マイノリティ運動から「保守反動」として批判された。

その一つのケースが「カリキュラム論争」である。文化相対主義の帰結として、西欧の文化と同様にアフリカ系アメリカ人やその他の移民文化についてのも大学カリキュラムとして組み込まれるのは当然であったが、これについて保守陣営から非西欧社会からの価値観の導入は西欧社会のアイデンティティの危機であると反発された。これに対して大学はカリキュラムに別コースや別プログラムを用意するという、いわば隔離主義を提案したために、文化相対主義が隔離主義の文脈で読み替えられたのである。カリキュラム論争では、文化は古典的文化「文学や芸術」という意味で語られていた。

文化相対主義には普遍的人道などの観点から見て不備があり、固有文化の価値を楯に取った抑圧(例として女子割礼、幼児割礼イスラム圏における人権侵害など)が防げないとの世界人権会議に出席したウォーレン・クリストファーによる批判がある。実際に、人権虐殺テロリズム奴隷などの問題については、どこまでを文化、どこまでをそれに起因する道徳律とするかにおいていまだ議論が続いている。

なお相対主義とは、それぞれの文化、思想、慣習などを擁護する姿勢ではなく、あくまでそれらに対する偏見を排した見方・研究の方法であり、文化相対主義を擁護する者が必ずしも非倫理的習慣を支持しているわけではない。ただし倫理相対主義は文化相対主義とかなり深い関連があり、倫理相対主義者が文化相対主義の論理を多く援用することも事実である[要出典]倫理相対主義(英語)も参照の事。

また「自文化」と「他文化」という枠組みを硬直的に定めがちであり、建前上「優劣をつけない」ことになっていることから却って相手文化の奇異な面のみを強調しやすいという批判がある[誰によって?]。文化にも普遍的基盤というものが存在することを軽視しているとの声もある[誰によって?]。いわば「差別なき偏見」ともいえる。

しかし文化相対主義が原則的には全ての文化に優劣が無く、平等に尊ばれるべきという通念を広めたことは、ほぼ全ての論者が肯定的に評価している。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Steward, Julian (1948). “Comments on the Statement of Human Rights”. American Anthropologist 50 (2): 351-352. 
  2. ^ a b 浜本満. “差異のとらえかた”. 20090910閲覧。
  3. ^ ボアズがキール大学などでカント派の講義や指導をうけていたからである
  4. ^ Herder, Johann Gottfried, Ideen zur Philosophie der Geschichte der Menschheit, hrsg.v. Martin Bollacher, pp. 287. 
    訳文は相対主義のなかの「文化」とその創造から引用した
  5. ^ 太田(2003, 2009)によれば、ボアズユダヤ人性は学問において重要でない
  6. ^ Boaz,F. (1938) [1911]. The mind of Primitiv Man. New York: Macmillian Co. 
  7. ^ Boas,F (1974). G.Stocking. ed. A Franz Boas Reader. Chicago: University of Chicago Press. 
  8. ^ Benedict,R (1989) [1934], Patterns of Culture, New York: Houghton and Mifflin 
  9. ^ クリフォード ギアツ 『解釈人類学と反=反相対主義』 小泉潤二訳、みすず書房、2002年