大立恭平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
大立 恭平
Giants ohdachi 016g.jpg
巨人時代(2012年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県岡山市
生年月日 (1987-08-20) 1987年8月20日(31歳)
身長
体重
178 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 育成選手ドラフト4位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

大立 恭平(おおだち きょうへい、1987年8月20日 - )は、 岡山県岡山市出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

岡山県岡山市出身。興陽高では、3年夏の岡山大会で1試合21奪三振の大会タイ記録を樹立[1]。しかし、ベスト16で岡山理大附高に5-6で敗れ、甲子園出場は果たせなかった。

岡山商科大学に進学後は故障などでやや不調の時期もあったが、2008年秋には大学日本代表候補に選ばれ、注目の存在となった。

2009年ドラフト会議読売ジャイアンツに育成ドラフト4位で指名された。中国六大学野球リーグ岡山商科大学からは初めてのプロ野球選手である[2]

ルーキーイヤーの2010年は序盤に左ひじと肩を負傷し手術を受けたことから実戦登板は無かった。翌2011年は、二軍で9試合に登板し、防御率7.71に終わる。

2012年はキャンプで育成枠ながら一軍に帯同するとオープン戦で結果を残す。同年4月16日、左の中継ぎ投手が不足しているチーム事情から支配下選手登録された[3]。背番号は99。5月18日にはフレッシュオールスターの出場メンバーに選ばれたが[4] 、怪我(左前腕屈筋腱損傷)のため辞退した[5]。一軍昇格の機会がないままシーズンを終え、10月5日に戦力外通告を受けた[6]。11月27日、福岡ソフトバンクホークスが育成選手として獲得を発表した。背番号は143

2013年10月26日に戦力外通告を受けた[7]10月31日、自由契約公示された[8]

現在は福岡市内にて野球教室Release(リリース)を運営中

選手としての特徴[編集]

最速152km/hの速球スライダーフォークボールを武器に三振を奪う[9]。2011年秋季キャンプでは原辰徳からチェンジアップを習得するようにいわれた。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 110 (2010年)
  • 016 (2011年 - 2012年4月15日)
  • 99 (2012年4月16日 - 同年終了)
  • 143 (2013年)

脚注[編集]

  1. ^ 「先生だけど今日はライバル」 興陽・大立投手”. asahi.com (2005年7月17日). 2012年4月17日閲覧。
  2. ^ 大立(岡山商大)巨人育成枠 中国六大学初のプロ指名”. 山陽新聞 Web News (2009年10月30日). 2012年4月17日閲覧。
  3. ^ 育成の大立投手を支配下登録”. 読売ジャイアンツ (2012年4月16日). 2012年4月17日閲覧。
  4. ^ フレッシュ球宴に中日高橋周、西武十亀ら nikkansports.com 2012年5月18日
  5. ^ F球宴巨人大立、ヤクルト麻生が辞退nikkansports.com 2012年6月28日
  6. ^ 【巨人】星野、大立を戦力外 nikkansports.com 2012年10月5日
  7. ^ 来季契約についてソフトバンク球団公式サイト2013年10月26日配信
  8. ^ 2013年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2013年11月3日閲覧。
  9. ^ 最速152キロ左腕・大立が支配下登録 スポーツ報知 2012年4月16日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]