小野淳平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
小野 淳平
広島東洋カープ #47
Onojunpei 150829.JPG
2015年8月29日 阪神鳴尾浜球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県大分市
生年月日 (1987-04-05) 1987年4月5日(30歳)
身長
体重
178 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト5位
初出場 2011年5月10日
年俸 1,200万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小野 淳平(おの じゅんぺい、1987年4月5日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大分県大分市出身。大分商高時代までは無名だったが、日本文理大学では体をつくり、実戦を経験する中で潜在能力が引き出され、古川秀一とともに150kmをマークする二本柱に成長した。

2009年度新人選手選択会議読売ジャイアンツに5位で指名された。指名後、山下哲治スカウト部長は「直球の力は既に一軍で通用するレベル。決め球の変化球を覚えることが活躍につながる」と評価。本人も「最速155キロは超えたい。落ちる変化球を覚えて早く一軍で投げたい」と意欲を示した。

巨人時代[編集]

巨人時代(2012年4月21日)

プロ1年目の2010年は故障に苦しみ一軍登板はなかった[2]。オフには豪州リーグに参加した。

2011年から背番号が60に変更になった[3]。同年5月10日の横浜戦で一軍デビューすると、7月17日のヤクルト戦で初先発。5回2失点で初勝利を手にした[4]。シーズン終了後にはプエルトリコで行われるウィンターリーグに派遣され[5]クライマックスシリーズのメンバーからは外れた。

2012年は背番号を43に再変更。一軍では9試合の登板で0勝に終わり、二軍でも防御率4点代後半と精彩を欠いた。

広島時代[編集]

2013年4月28日、青木高広との交換トレードが成立し、広島東洋カープへ移籍することが決まった[6]。6月6日の千葉ロッテマリーンズ戦(尾道)で先発バリントンのアクシデントにより6回から登板し、2回を無失点に抑え、移籍後初勝利を挙げた。

2014年は防御率3.86と安定感を欠いたが22試合に登板した。

2017年戦力外通告を受ける[7]

選手としての特徴[編集]

140キロ台中盤の直球を軸にスライダーを交えた投球を見せる[8]。2010年オフにはカーブの習得を試みている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 巨人 14 7 0 0 0 2 2 0 0 .500 218 48.0 62 4 13 0 2 33 2 0 20 20 3.75 1.56
2012 9 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 48 11.0 10 3 3 0 2 5 0 0 7 7 5.73 1.18
2013 広島 19 2 0 0 0 1 1 0 1 .500 140 31.1 28 5 18 0 3 13 0 0 18 16 4.60 1.47
2014 22 1 0 0 0 1 1 0 0 .500 164 37.1 42 6 14 0 0 20 1 0 16 16 3.86 1.50
2016 6 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 35 7.1 8 2 2 0 2 3 0 0 7 6 7.36 1.36
通算:5年 70 10 0 0 0 4 5 0 1 .444 605 135 150 20 50 0 9 74 3 0 68 65 4.33 1.48
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 32 (2010年)
  • 60 (2011年)
  • 43 (2012年 - 2013年途中)
  • 47 (2013年途中 - )

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]