大江維時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
大江維時
Oe no Koretoki.jpg
大江維時・『前賢故実』より
時代 平安時代前期 - 中期
生誕 仁和4年(888年
死没 応和3年6月7日(963年7月5日
官位 従三位中納言、贈従二位
主君 醍醐天皇朱雀天皇村上天皇
氏族 大江氏
父母 大江千古巨勢文雄
兄弟 維明維望維潔維時
藤原遠忠女、他
重光斉光藤原兼通
テンプレートを表示

大江 維時(おおえ の これとき、仁和4年(888年) - 応和3年6月7日963年7月5日))は、平安時代貴族学者伊予権守大江千古の三男。官位従三位中納言従二位

人物[編集]

学者としても名が高く、醍醐天皇朱雀天皇村上天皇侍読を務めた。『日観集』、『千載佳句』を編集。また、に留学して中国の兵法『三略』を学び、それを『訓閲集』という120巻の書物に記している。また、日本最古の兵書といわれる『闘戦経』の作者に比定される。

記憶力に優れ、他人の死没年や屋敷の移り変わりの様子なども把握していたとされる。

官歴[編集]

以下、公卿補任に拠る。

  • 延喜16年秋(916年-月-日) 文章生
  • 延喜17年(917年) 秀才。
  • 延喜18年正月(918年-月-日) 美濃大掾
  • 延喜21年6月20日(921年7月27日) 補蔵人。文章得業生美濃大掾如元。
  • 延喜22年正月30日(922年3月1日) 近江権少掾
  • 延長2年2月1日(924年3月8日) 式部少丞
  • 延長3年正月(925年-月-日) 轉式部大丞
  • 延長6年
    • 正月7日(928年2月1日) 従五位下。(蔵人労)。
    • 正月19日(928年2月13日) 昇殿
    • 正月29日(928年2月23日) 大学助[1]
  • 延長7年9月23日(929年10月28日) 兼文章博士
  • 延長9年3月12日(931年4月2日) 兼備後介
  • 承平元年7月3日(931年8月18日) 昇殿。
  • 承平3年10月24日(933年11月14日) 兼紀伊権守
  • 承平4年正月7日(934年1月24日) 従五位上
  • 承平5年12月17日(936年1月13日) 兼式部少輔
  • 天慶2年
  • 天慶4年
    • 正月7日(941年2月5日) 従四位下
    • 2月9日(941年3月9日) 昇殿。
    • 3月28日(941年4月27日) 兼三河権守
  • 天慶5年3月29日(942年4月17日) 兼備前守
  • 天慶7年
  • 天慶9年
    • 4月21日(946年5月24日) 昇殿。
    • 4月28日(946年5月31日) 正四位下。(前坊学士労)。
    • 7月17日(946年8月16日) 兼左京権大夫
    • 9月16日(946年10月13日) 改左京大夫
  • 天暦元年6月6日(947年6月26日) 兼美濃守
  • 天暦4年2月1日(950年2月20日) 任参議
  • 天暦5年
    • 正月30日(951年3月10日) 兼近江守。参議如元。
    • 5月22日(951年6月29日) 兼式部権大輔。参議守如元。
  • 天暦9年2月7日(955年3月3日) 従三位
  • 天暦10年正月27日(956年3月12日) 兼伊予権守。参議大輔如元。
  • 天徳2年正月30日(958年2月21日) 止大輔。参議権守如元。
  • 天徳4年
    • 8月22日(960年9月15日) 任中納言
    • 9月16日(960年10月9日) 昇殿。
  • 応和3年6月7日(963年6月30日) 薨去。有勅贈従二位。依三代侍講也。

系譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 或いは大学頭。