大江原圭

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大江原圭
Kei-Oehara20100417.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県稲敷郡阿見町[1]
生年月日 (1990-02-26) 1990年2月26日(27歳)
身長 168cm[2]
体重 47kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 栗東・作田誠二(2008.3.1 - 2009.3.1)
美浦・フリー(2009.3.2 -)
初免許年 2008年
免許区分 平地・障害[3]
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大江原 圭(おおえはら けい、1990年2月26日 - )は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンターに所属する騎手。父は騎手時代に障害GIで3勝を挙げ、現調教助手の大江原隆、伯父は調教師大江原哲

来歴[編集]

2004年に日本中央競馬会競馬学校の入学試験に合格し、2005年4月より同校へ第24期として入学した。なお同期入学には8人おり、その中に北村浩平の弟(中途退学)や平野優(2年留年で26期生として卒業)もいた。

2008年2月12日に同校を卒業した。卒業時の同期には伊藤工真三浦皇成がいる。そして2月14日に発表された2008年度騎手免許試験に合格し、3月1日付で栗東トレーニングセンター作田誠二厩舎所属としてデビュー。父と伯父はともに騎手時代から美浦トレーニングセンターに所属していたが、美浦だと甘えてしまうかも知れないとの理由で敢えて栗東に所属した。デビューの同期には前述の2人に加え、大井競馬場から移籍してきた内田博幸高知競馬場から移籍してきた鷹野宏史がいる。

2008年3月1日中京競馬場で行われた第1競走で中央競馬初騎乗を迎え、自厩舎のビリーヴインタイムに騎乗して13番人気で13着だった。その後、第5競走で6位に入線するも、3コーナーで急に外側に斜行したとして、14着に降着。デビュー当日にいきなり、3月8日から3月16日までの開催日4日間の騎乗停止処分を受けた。その後も騎乗馬に恵まれず、新人騎手でありながら満足に騎乗経験すら積めない状態が続いた。

2009年3月2日付で所属を栗東から美浦に移し、どこの厩舎にも所属しないフリーの騎手として活動[4]

騎乗数を増やすために2009年4月4日から障害競走にも騎乗するようになる。同年7月18日の障害未勝利戦で藤沢和雄厩舎所属の初障害馬ムーンレスナイトに騎乗するが、気性難の馬であったために落馬した。派手な落ち方であったため大怪我が心配されたが打撲で済んだ。その次の週の7月26日に新潟競馬場で行われた障害未勝利戦で、同じ藤沢和雄厩舎所属の初障害馬キングアーサーに騎乗し、最後の直線で追いすがる2着馬をクビ差凌いで初勝利を挙げた。デビューして約1年5ヶ月近く、121戦目での初勝利だった。

その後も障害競走では勝ち星を挙げる一方、平地競走では勝利どころか騎乗機会もほとんどなく、当時障害競走が行われていなかった第3場で開催されていた若手騎手限定競走にも殆ど参加できなかった。実際に、2013年は5月26日の東京競馬第5競走(ホープフルジョッキーズ)が唯一の平地競走であった(結果は9着)。しかし、2014年より障害競走および若手騎手限定競走がいずれも第3場開催を基本とするようになった結果、1月19日中京競馬第2レース(若手騎手限定競走)でサンライズレーブに騎乗して1着となり、平地競走初勝利を挙げた。

2015年2月3日軽自動車で人身事故を起こし逮捕された[5]ため、大江原には裁定委員会の議定があるまでの間、騎乗停止処分が下された[6]。その後、同年6月11日龍ケ崎簡易裁判所において罰金刑のみと確定したことを受け、6月26日(金曜)の裁定委員会において、7月3日(金曜)までの騎乗停止(すなわち、次開催直後から騎乗可能)とすると決定した[7]。停止明け直後の7月4日7月5日は騎乗馬がなかったが、翌週7月11日福島競馬から騎乗再開、同年10月10日の東京競馬第4競走(障害未勝利)で復帰後初勝利を挙げた。

人物[編集]

  • 2007年10月11日に競馬学校で行われた第1回模擬レースでは1レースと2レースをともに現役騎手の吉田豊隼人兄弟らを相手に勝利している。
  • 2008年1月21日に競馬学校の近郊にあるファイターズスタジアムで行われている合同自主トレーニングを訪問した際に、同い年の中田翔と交流し、「同じ18歳には負けたくない」とライバル心を燃やしている。
  • 2008年2月12日に行われた卒業記念模擬レースでメイショウクラマに騎乗して3着だった。同日の謝恩会では「宙返り大賞」を受賞した。
  • 座右の銘は「一意専心」、目標とする騎手は四位洋文横山典弘、好きなものは水分とチョコレート[8]
  • スポーツライターの相沢光一は「競馬界の電車男」という見出しの記事で、圭と彼の初勝利を願うインターネットの競馬ファンについて取り上げた[9]
  • 2011年5月14日に京都競馬場の調整ルーム内において携帯電話でツイッターを閲覧、操作を誤ってリツイートしていたことが判明し、同年5月15日から6月13日まで30日間の騎乗停止処分を受けた[10]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
平地 初騎乗 2008年3月1日 1回中京1日1R 3歳未勝利 ビリーヴインタイム 15頭 13 13着
初勝利 2014年1月19日 1回中京2日2R 3歳未勝利 サンライズレーヴ 16頭 3 1着
障害 初騎乗 2009年4月4日 3回中山3日4R 障害未勝利 ロッキーローレル 14頭 8 4着
初勝利 2009年7月26日 2回新潟4日4R 障害未勝利 キングアーサー 10頭 2 1着
JGI初騎乗 2009年12月26日 5回中山7日10R 中山大障害 モルフェサイレンス 14頭 5 4着
年度 平地競走 障害競走
1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
2008年 0 0 1 86 .000 .000 .012 -
2009年 0 0 4 53 .000 .000 .075 4 4 1 33 .121 .242 .273
2010年 0 0 1 45 .000 .000 .022 0 1 3 45 .000 .022 .089
2011年 - 0 0 1 33 .000 .000 .030
中央 0 0 6 184 .000 .000 .033 4 5 5 111 .036 .081 .126
地方 0 0 0 1 .000 .000 .000  

出演[編集]

テレビ[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]