夜明けの新聞の匂い

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夜明けの新聞の匂い(よあけのしんぶんのにおい)は曽野綾子エッセイである。1988年から2008年まで新潮社月刊誌新潮45」に連載された。

執筆背景[編集]

曽野は1972年頃から韓国のハンセン病施設、聖ラザロ村の後援をはじめ、1983年からマダガスカルのアベ・マリア産院の応援もはじめた。両施設を応援する募金が予想外に集まったため、活動を広げ、1987年から2012年まで「海外邦人宣教者活動援助後援会」JOMASを企画運営した(2012年以後は兄部純子が後継)。

さらに曽野は1995年12月(64歳)から2005年7月(73歳)まで、日本財団の会長もした。

つまり曽野の公的活動の最盛時のエッセイである。

刊行作品[編集]

以下の9冊に書籍化された。

夜明けの新聞の匂い[編集]

1988年3月-1990年2月連載 1990年6月書籍化

表題作は巻頭作。「私はつい先年まで、新聞がこんなにおもしろいものだとは思わなかった。」と、この連載は当初、新聞記事の批評が主目的だった。

連載開始以前の2作「トレーナーを着たゴリラたち」(1987年4月)、「私の死の準備」(1987年1月)を含む。

狸の幸福[編集]

1990年3月-1993年2月連載 1993年7月書籍化

表題作:山にキャンプに行き、川で食材を冷やしておいたら狸にとられた。うまかっただろう。しかし二度と食べられないものだ。やっぱり人間の方がいい。

近ごろ好きな言葉[編集]

1993年3月-1996年7月連載 1996年11月書籍化

表題作:「遺伝子問題研究会」に参加し、そこで意見を述べた。その最後に出てくる「近ごろ好きな言葉」とは。

※ 曽野は1994年2月に緒方貞子に随行してアフリカ4ヵ国を訪問。同年8-9月には南米4ヵ国を訪問した。以後この連載エッセイは、世界の貧困に重点が移っていく。

部族虐殺[編集]

1996年10月-1999年7月連載 1999年9月書籍化

表題作:ルワンダは、曽野にとっても遠い国だった。1994年春に100日間のジェノサイドが起こった。2年以上経っているのに、現場では強烈な臭気が吹き出していた。

最高に笑える人生[編集]

1999年7月-2000年12月連載 2001年3月書籍化

表題作:徳島市民は吉野川堰に反対した。洪水は起きるかもしれないが、起きないかもしれない。人は自ら選んだ運命に賭けるのだ。

沈船検死[編集]

2001年2月-2003年2月連載 2003年3月書籍化

表題作:2001年12月に海上保安庁は北朝鮮の不審船を撃沈した。翌年9月に引き上げられ、見学が許された。

戦争を知っていてよかった[編集]

2003年1月-2005年3月連載 2006年6月書籍化

表題作:2003年、アメリカがイラクに侵攻した。アメリカは民間人を巻き込まないと言っている。そんな戦争はありえないと、私たちの世代は知っている。

貧困の光景[編集]

2005年4月-2006年12月連載 2007年1月書籍化

これは『夜明けの新聞の匂い』の中でもとくに「貧困の光景」という題をつけた、連載内連載。主にアフリカでの、食衣住、教育、無責任、窃盗、売春、死など。

貧困の僻地[編集]

2007年1月-2008年9月連載終了 2009年5月書籍化

この名の表題作はなく、「僻地とはいかなる場所か」の3作から引用した題。マダガスカルへ行った話。

登場する主な海外のシスターと神父[編集]

シスター鶴田順子 シエラレオネ 看護師
「夜明けの新聞の匂い/『危険な話』の中の危険な話」に登場
シスター中村寛子 コンゴ 心身障害児センター勤務
曽野は1999年訪問。「近ごろ好きな言葉/嘘のようなほんとうの話」 「最高に笑える人生/アフリカ再訪」に登場
シスター遠藤能子(よしこ) マダガスカル アベ・マリア産院の助産師
1983年に曽野が訪問したことがJOMAS設立のきっかけ。「貧困の光景/餌をくれない飼い主」 「貧困の僻地/或る修道女の帰天」に登場
シスター有薗、内田、大湾[注 1] チャド 学校の先生、診療所の看護師
曽野の訪問は1990年。「狸の幸福/夜はアフリカの休息」に登場
シスター脇山、大和、入江、平、三宅 チャド 学校の先生、診療所の看護師
1999年曽野はチャドを再訪。「最高に笑える人生/アフリカ再訪」に登場
李庚宰(イキヨンチェ)神父 韓国 聖ラザロ村を運営
1972年ころの曽野との出会いがJOMASの最初のきっかけ。 「狸の幸福/すっかり嬉しいトレンディ」に登場
シスター真木栄子、元修道女のハヴィエラさん チリ 学校の先生
曽野は1994年訪問。「近ごろ好きな言葉/ティルティルの山の彼方で」に登場
堀江節郎神父 ブラジル
曽野は1994年訪問。「最高に笑える人生/現実」「貧困の光景/できるだけ、できる時に」に登場
シスター黒田小夜子 ブルキナファソ 国立病院内の栄養失調児センターを運営
曽野は1995年訪問。「近ごろ好きな言葉/オノレの青春」「貧困の光景/母子手帳は白蟻に食われた」に登場
シスター高木裕子 コンゴ 心身障害児センター勤務
シスター中村の同僚。「近ごろ好きな言葉/嘘のようなほんとうの話」「最高に笑える人生/アフリカ再訪」に登場
シスター本郷幸子 ハイチ 学校の先生
曽野は1996年訪問。「部族虐殺/ハイチ・レポート」「部族虐殺/泥棒だらけ」に登場
倉橋輝信神父、ヴィセンテ神父 ボリビア 「ティトの家」勤務
曽野は1994年訪問。「部族虐殺/『ティトの家』の人々」「貧困の光景/神の招待席」に登場
マザー・テレサ インド 「死を待つ人の家」を運営
1979年ノーベル賞。曽野は1991年訪問。「部族虐殺/二本の道」に登場
シスター牧野幸江 マダガスカル アベ・マリア産院でシスター遠藤の後継
「部族虐殺/泥棒だらけ」「貧困の僻地/僻地とはいかなる場所か」に登場
シスター野間順子 ブルキナファソ 老人施設を運営
曽野は1998年訪問。「部族虐殺/現代姥捨山」「戦争を知っていてよかった/悪夢としての長寿」に登場
ロッシ神父、ローレンス神父、フランキー神父[注 1] インド ロヨラ・ヨミウリ学校を設立運営
曽野は1996年初訪、2005年再訪。「最高に笑える人生/インド再訪」「貧困の僻地/ある変容」に登場
シスター谷口涼子[注 1] ブラジル 託児所を運営
曽野は1994年訪問。「最高に笑える人生/現実」に登場
根本昭雄神父 南アフリカ エイズ・ホスピスを運営
曽野は2001年訪問。「沈船検死/霊安室の前で」「貧困の光景/まだしっとりとぬれている墓」に登場
シスター末吉美津子 カメルーン 学校の先生
曽野は2003年訪問。「戦争を知っていてよかった/ピグミーの森で」「貧困の光景/蛍の森」に登場
シスター斎藤クニ子[注 1] ボリビア 学校の先生
曽野は1994年訪問。「貧困の光景/貧乏人の粉袋ほど穴が大きい」に登場
シスター中井美智子[注 1] ベナン 家政農業センター勤務
曽野は1995年訪問。「貧困の光景/身を守る戦い」に登場
シスター根岸美智子 シエラレオネ
「貧困の光景/350万円を運ぶ」に登場
シスター平間理子 マダガスカル 総合病院の看護師長
曽野は2007年再訪。「貧困の僻地/僻地とはいかなる場所か」に登場

『新潮45』への後継連載[編集]

2008年10月から2011年5月までの『新潮45』へのエッセイは、 「作家の日常、私の仕事」に題名を変更。 これは2012年『堕落と文学』に書籍化。

2011年6月から2018年10月までの連載は「人間関係愚痴話」。 これは2013年以後『人間関係』など6作の新潮新書に書籍化された。

『新潮45』は2018年10月で休刊し、そこへの曽野のエッセイも終了した。

同時期の他雑誌への連載(小説以外)[編集]

  • 毎日ライフ 『バァバちゃんの土地』1987年9月-1988年8月 1988年毎日新聞社が書籍化
  • 聖母の騎士 『聖書の中の友情論』1987年1月-1990年5月 1990年読売新聞社が書籍化
  • 聖母の騎士 『生活のただなかの神』 2001年1月-2003年6月 2004年海竜社が書籍化
  • 正論 1988年1-10月分は、2010年海竜社『三秒の感謝』内に収録
  • Voice 『都会の幸福』1988年1月-1989年5月 1989年PHP研究所が書籍化
  • Voice 『悪と不純の楽しさ』1992年1月-1993年12月 1994年PHP研究所が書籍化
  • Voice 「地球の片隅の物語」1994年6月-1998年3月 1997年『地球の片隅の物語』、1998年『7歳のパイロット』にPHP研究所が書籍化
  • Voice 『私日記』 2000年1月-2020年11月 海竜社が2019年8月分まで(2-11巻)を書籍化。(1997年2月-1998年5月分は『サンデー毎日』に連載され、1999年海竜社が『私日記』1巻目として書籍化)
  • 歴史街道 『失われた世界、そして追憶』1989年1月-1990年5月 1990年PHP研究所が書籍化
  • 週刊ポスト 『大説でなくて小説』1989年11月-1991年12月 1992年PHP研究所が書籍化
  • 週間ポスト 『昼寝するお化け』1992年1月- 1994年小学館が1巻目を書籍化。曽野の最長連載で、2022年時点も不定期連載中。
  • すばる 『二十一世紀への手紙』1990年1月-1991年11月 1992年集英社が書籍化
  • クラッシイ 『悲しくて明るい場所』1990年1月-1991年12月 1992年光文社が書籍化
  • 諸君! 『神様、それをお望みですか』 1994年7月-1996年7月 1996年文芸春秋が書籍化
  • 産経新聞など 「自分の顔、相手の顔」 1996年9月-2002年3月 1998-2003年『自分の顔、相手の顔』『それぞれの山頂物語』『安逸と危険の魅力』『至福の境地』『なぜ人は恐ろしいことをするのか』に講談社が書籍化
  • 産経新聞など 「透明な歳月の光」2002年4月-2019年3月 『透明な歳月の光』『平和とは非凡な幸運』の2書は講談社が書籍化。 以後は2012年の産経新聞出版 『自分の財産』 『国家の徳』など
  • 世界週報(時事通信社) 「座標」1996年9月-2002年12月 2005年河出書房新社『社長の顔が見たい』に収録(他に『財界』2000年4月-2003年12月連載分を含む。)
  • 小説宝石 『中年以後』1997年1月-1998年12月 『魂の自由人』2001年4月-2003年3月 『言い残された言葉』2006年1月-2007年12月 それぞれ光文社が書籍化
  • ほんとうの時代 1997年1月-1999年6月 2002年『緑の指』にPHP研究所が書籍化(『新苗種』1995年1-12月連載分を含む)
  • 毎日新聞 「時代の風」1997年11月-2000年12月 2001年海竜社『悲しさ優しさ香しさ』に収録(1997-2001年の『産経新聞』の「正論」を含む。)
  • 小説NON 『原点を見つめて』1999年8月-2001年7月 2002年祥伝社が書籍化
  • PHP増刊号 『ただ一人の個性を創るために』2000年12月-2003年10月 2004年PHP研究所が書籍化
  • フォーブス 2002年7月-2003年12月 2005年大和書房『「受ける」より「与える」ほうが幸いである』に収録 (2000年4月-2005年3月の産経新聞への寄稿などを含む)
  • 一冊の本 『晩年の美学を求めて』2003年7月-2005年10月 2006年朝日新聞社が書籍化
  • 心のともしび(ラジオ放送)2006年9月-2010年12月 2011年海竜社『幸せの才能』に収録(他に『ゆたか』『朝日新聞』への記事を含む)
  • WiLL 「小説家の身勝手」2008年2月-2013年12月 2009年以後ワック『弱者が強者を駆逐する時代』 などに書籍化

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d e 『夜明けの新聞の匂い』には名前が出されていない。名前は『神様、それをお望みですか』[1]より。

出典[編集]

  1. ^ 曾野綾子『神様、それをお望みですか 或る民間援助組織の二十五年間』文藝春秋 1996

外部リンク[編集]