増島城

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増島城
岐阜県
増島城跡
増島城跡
別名 古川旅館
城郭構造 平城
築城主 金森長近
築城年 1586年
主な改修者 なし
主な城主 金森氏
廃城年 1695年
遺構 石垣、堀、天守台
指定文化財 県指定史跡
位置 北緯36度14分4秒
東経137度11分32.5秒
地図
増島城の位置(岐阜県内)
増島城
増島城

増島城(ますしまじょう)は岐阜県飛騨市古川町片原町にかつて存在した日本の城で、北飛騨唯一の平城古川国府盆地の中央、荒城川沿いに位置する。岐阜県指定史跡[1]

歴史[編集]

金森長近1585年天正13年)に三木氏の治めていた飛騨国を攻略して領国とし、本城の高山城および支城の萩原諏訪城、増島城を築いた。増島城の建設は1586年(天正14年)であり、完成すると長近の養子・金森可重古川城から移って城主となった。

長近が1608年慶長12年)に没して後継者の可重が高山城に入ると、その長子・金森重近が増島城主となった。可重の死後はその三男である金森重頼が跡を継ぎ、重近は出家して京都に去った。その後は家臣が入ったと思われるが、1619年元和元年)の一国一城令にともない廃城となって古川旅館と改称し、萩原諏訪城と同様に金森氏の別邸となった。1692年元禄5年)に金森氏は出羽国上山藩へ移封され、1695年(元禄8年)に高山城とともに破却された。

遺構[編集]

城が破却された後は書院は本光寺、城門林昌寺円光寺本光寺などに与えられたとされる。火災にあった本光寺以外の林昌寺、円光寺には山門として現存する。現在本丸跡には飛騨市立古川小学校と増島天満神社があり、神社の境内には本丸櫓台の石塁と、小学校建設当時にそのほとんどが埋め立てられた堀の一部が残り、それらが増島城跡として1959年(昭和34年)11月16日に県の史跡に指定されている。

アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 増島城跡”. 岐阜県. 2019年9月10日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]