国土交通省立山砂防工事専用軌道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

立山砂防工事専用軌道(たてやまさぼうこうじせんようきどう)は、国土交通省北陸地方整備局立山砂防事務所が管轄する工事用軌道。通称は立山砂防軌道もしくは立山砂防トロッコ

立山砂防軌道のディーゼル機関車

概要[編集]

荷物の積み下ろし風景。水谷連絡所にて

国の直轄事業である常願寺川流域の砂防施設建設に伴う資材・人員の輸送を目的とする。

鉄道事業法軌道法の適用を受けず、労働安全衛生法に基き運行される工事用軌道ではあるが、18kmの区間に8か所38段のスイッチバックがあり、一部区間では18段に及ぶ連続スイッチバックがあること、またかつて工事用軌道や鉱山鉄道で広く採用されたものの、現存する一般の鉄道路線では例がない610mmのナローゲージを使用していることで知られる。

昭和初期から運行が続けられている工事用軌道としての歴史的性格が評価され、2006年文化財保護法に基づく登録記念物に登録された。一般客の利用は通常許可されないが、地元の博物館が主催する砂防工事の見学会に参加することで、乗車することが可能である。

なお路線全体でのスイッチバックの数は中国に本路線を上回る専用鉄道があるものの、世界的にも類例は少なく、連続18段のスイッチバックは他に例がないとみられる。

沿革[編集]

立山連峰に端を発し富山市富山湾に流れ込む常願寺川は、世界でも有数の急流河川であるうえに上流部に脆い地質の立山カルデラを抱え過去に幾度もの水害土砂災害を流域にもたらしてきた。1926年には砂防ダムなどの砂防施設建設工事が内務省の直轄事業となったが、これに伴い資材や機材・人員を輸送するための工事用軌道を建設することになった。

軌道工事は1926年に着手、翌1927年に本格着工され1929年には千寿ヶ原 - 樺平間が開通。1930年には樺平 - 水谷原動所間のインクライン、1931年には水谷 - 白岩間の軌道が開通し千寿ヶ原 - 白岩間の軌道輸送ルートが完成した。

第二次世界大戦中の1944年より一時期運行が休止されたが、1948年建設省(現国土交通省)の管轄に移行し再開。休止期間中にインクラインが崩壊したため、1951年から1964年にかけて樺平 - 水谷原動所間を結ぶ索道が設けられた。

「桑谷のオーバーハング」。代替ルート開通により使用されなくなったが、付近に臨時停車場が設けられ見学用列車が停車する(2007年9月現在)

1962年には索道を軌道に置き換えるため、樺平付近に連続18段に及ぶスイッチバックを設ける工事が開始され1965年に開通。千寿ヶ原 - 白岩間が軌道で直結された。水谷 - 白岩間はその後使用されなくなり、千寿ヶ原 - 水谷間の運行となった。

路線は急峻な山岳地帯に敷設されていることから、大雨による路盤の崩壊や落石・倒木等の被害も少なくない。1969年2004年の豪雨では路線が各所で寸断され、いずれも復旧までに1か月以上を要した。

1998年度 - 2007年度までの10年計画で路線の改修工事が進められており、スイッチバックの数が2005年度に9か所42段から8か所38段に減少した。またせり出した岩の下をくぐり抜けることで知られた通称「天鳥のオーバーハング」「桑谷のオーバーハング」も代替ルートが開通するなど、近年その姿を少しずつ変えつつある。

路線データ(2006年5月現在)[編集]

  • 路線距離 18km
  • 軌間 610mm
  • 駅数 連絡所のみ
  • 複線区間 なし(全線単線
  • 電化区間 なし(全線非電化
  • 平均勾配 35.6‰
  • 最大勾配 83.3‰
  • トンネル 12か所
  • 橋梁 20か所
  • 標高差 640.29m[注 1]
  • スイッチバック 8か所38段[注 2]

連絡所[編集]

  • 千寿ヶ原(せんじゅがはら)
  • 中小屋(なかごや)
  • 桑谷(くわだに)
  • 鬼ヶ城(おにがじょう)
  • 樺平(かんばだいら)
  • 水谷(みずたに)

車両(2006年5月現在)[編集]

  • ディーゼル機関車 9台
  • モーターカー 4台
  • 人員輸送車 16台
  • 運搬車 104台

機関車には多様なヘッドマークが取り付けられている。

運行形態[編集]

列車はディーゼル機関車が人車・貨車3両前後を牽引するのが基本編成で、モーターカーによる単行運転もある。続行運転も頻繁に行われる。全線の所要時間は1時間45分。

夏季には砂防工事の見学会に参加する一般客のための特別列車が運行される。

豪雪地帯であるため、列車の全線での運行は毎年5月下旬 - 6月上旬から11月中旬までに限定される。冬期は雪崩による被害が出る恐れのある橋梁や、防護柵などが撤去される。

一般客の利用[編集]

その特異な線形や車両に加え、立山連峰の絶景地帯を走行することから、鉄道ファンのみならず、一般の観光客からも乗車を求める要望が絶えないが、工事の資材・人員運搬が主目的の鉄道であり、沿線では落石等の危険もあるため、便乗は原則として認められていない。

しかし1984年より、砂防工事の見学会の参加者に限り、砂防施設への移動のため利用ができるようになった。1998年からは立山砂防事務所に隣接する立山カルデラ砂防博物館が同館主催の「野外体験学習会」として参加者を公募している。当初は「富山県在住者のみ」「砂防博物館の来館経験者のみ」という応募条件があったが、これらの制約は2007年現在撤廃されている。ただし参加するためには事前に申し込みをして抽選に当選する必要があるうえ、悪天候の場合は中止されることも多いなど、乗車が難しい路線であることに変わりはない。2006年は7月5日から10月18日まで16回の学習会(定員計720名)につき公募が行われ、倍率は1.83 - 5.55倍、実施率は69%だった[1]

また千寿ヶ原付近に設置されている訓練軌道を利用して、体験乗車会が催されることがある。訓練軌道は2007年現在、約1.5kmまで延伸されている。

乗車経験のある人物にエッセイストの酒井順子[2]やアナウンサーの堺正幸[3]がいる。

登録記念物[編集]

国の文化審議会は、2006年5月19日、立山砂防工事専用軌道を登録記念物とするよう文部科学大臣に答申し、同年7月28日付で正式に登録された。砂防工事に伴う輸送手段としての軌道の歴史的性格が評価された。登録記念物は2005年の文化財保護法一部改正で新設された制度で、同制度で登録される3分野のうち「遺跡」としての登録は立山砂防工事専用軌道が初めて(ほか1件が同時登録)となる。なお登録は厳密にはスイッチバックが42段あった時期の軌道敷に対して行われたものである。

注釈[編集]

  1. ^ 標高差は従来642mとされてきたが、立山砂防事務所が再調査を行い、2006年以降は640.29mと公表している。
  2. ^ 2005年度に一部区間のトンネルが完成するまでは9か所42段。

出典[編集]

  1. ^ 立山カルデラ砂防博物館野外ゾーンの紹介 - 立山カルデラ砂防博物館
  2. ^ 「トロッコ列車に発熱!」『女子と鉄道』(酒井順子 光文社 2006年)
  3. ^ みんなの鉄道(2008年8月21日 CS放送・フジテレビ739)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]