吉田俊介

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よしだ しゅんすけ
吉田 俊介
Kinshasa-no-Kiseki20101218.jpg
2010年12月18日、阪神カップ口取り式(写真右端)。
生誕 (1974-04-13) 1974年4月13日(48歳)
日本の旗 日本北海道勇払郡早来町
出身校慶應義塾大学経済学部卒業
職業競走馬生産者

吉田 俊介(よしだ しゅんすけ、1974年4月13日[1] - )は日本競走馬生産者。ノーザンファーム副代表[2]サンデーレーシング代表取締役を務める[3]。夫人と1男1女[1]

吉田勝己[4]は吉田和美、父方の祖父吉田善哉、同祖母吉田和子、同伯父吉田照哉、同叔父吉田晴哉、同義伯母に吉田千津、吉田安恵、同いとこ吉田哲哉吉田正志らがいる。

来歴[編集]

北海道勇払郡早来町(後の安平町)出身[1]慶應義塾志木高等学校を経て[5]慶應義塾大学経済学部卒業後[1]1998年社台グループ入りしノーザンファームで勤務する[1]。その後アメリカ合衆国で海外の競馬について学んだ[4][6]。この頃、現地にてクロフネと出会っている[4][6][7]

帰国後、2004年よりノーザンファーム空港牧場場長に就任し、2007年よりサンデーレーシング代表を兼任している[1]2015年、ノーザンファームの副代表に就任する[6]

主な所有馬[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 「最初に勝つ」先駆者でいたい・吉田俊介氏」『デイリースポーツ』、2012年12月24日。2014年9月21日閲覧。オリジナルの2012年12月24日時点におけるアーカイブ。
  2. ^ ごあいさつ・会社概要”. ノーザンファーム (2021年). 2022年2月10日閲覧。
  3. ^ 会社概要”. サンデーサラブレッドクラブ. 2022年2月10日閲覧。
  4. ^ a b c クロフネ 世界をとらえたダートのバケモノ 2 メイドイン・アメリカ”. 競馬最強の法則WEB. インター通信社. 2022年2月10日閲覧。
  5. ^ 青春スクロール 母校群像記【私立 慶応義塾志木高校】(9)好きなことに打ち込み のちの仕事に」『朝日新聞デジタル』、2021年4月26日。2022年2月10日閲覧。
  6. ^ a b c 【トップ直撃】常勝軍団のトップとして 海外での経験が今の自信に/「サンデーレーシング」吉田俊介氏(1)”. netkeiba.com. ネットドリーマーズ (2015年9月14日). 2022年2月10日閲覧。
  7. ^ 代表産駒にソダシなど…NF吉田副代表クロフネ悼む」『日刊スポーツ』、2021年1月18日。2022年2月10日閲覧。
  8. ^ 11R ステイヤーズC|2005年6月22日(水)5回札幌5日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  9. ^ 11R ステイヤーズC|2006年6月22日(木)4回札幌6日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  10. ^ 11R 王冠賞|2005年8月11日(木)4回旭川3日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  11. ^ 11R 北海優駿|2005年9月15日(木)6回旭川6日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  12. ^ 11R イノセントC|2007年8月1日(水)6回旭川5日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  13. ^ 10R 北海優駿|2007年6月5日(火)2回旭川4日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  14. ^ 11R 王冠賞|2007年8月2日(木)6回旭川6日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  15. ^ 10R イノセントC|2008年8月7日(木)6回旭川3日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  16. ^ 10R ブリーダーズゴールドジュニアC|2008年9月4日(木)8回旭川3日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。
  17. ^ 10R イノセントC|2009年8月12日(水)7回門別5日”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2022年2月10日閲覧。

外部リンク[編集]