吉田晴哉

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吉田晴哉(よしだ はるや、1951年5月27日 - )は日本の競走馬生産者。追分ファーム代表。暁星小学校暁星中学校・高等学校早稲田大学政治経済学部政治経済学科卒業。千葉県印旛郡富里村出身。父の吉田善哉、兄の吉田照哉吉田勝己は競走馬生産者。母の吉田和子、妻の吉田安恵馬主。息子の吉田正志G1レーシング代表[1]

来歴[編集]

少年時代は獣医師を志したが「獣医学よりも一般教養を身につけるべきだ」と父善哉の反対に遭い、早稲田大学政治経済学部政治経済学科に入学。卒業後は住友銀行(現・三井住友銀行)に勤めたが1975年に退社し、父のもとで働くことを決めた。善哉がアメリカ合衆国ケンタッキー州に開設したフォンテンブローファームで1年間働いた後、日本へ帰国。社台グループの各部署を転々とした後、1978年から東京事務所に勤務。社台レースホースの発展に貢献した。善哉の死後、相続した追分町(現・安平町)の土地に追分ファームを開設し、現在に至る。


参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 社台G3代目のお値打ち良血馬戦略グノシー、2015年11月24日閲覧