古隅田川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
埼玉県春日部市栄町付近(2010年4月13日撮影)

古隅田川(ふるすみだがわ)は、埼玉県さいたま市春日部市、或いは東京都足立区葛飾区を流れる河川。

古隅田川(埼玉県)[編集]

概要[編集]

古隅田川の管理起点
古隅田川の右岸に合流する旧古隅田川
古隅田川と大落古利根川の合流点
  • 埼玉県さいたま市春日部市を流れる流路延長4.8km[1]、流域面積14.0km²[1]一級河川利根川水系大落古利根川の支流である。さいたま市岩槻区南平野地区を管理起点とし、さいたま市岩槻区と春日部市の境界を北東方向へ流下し、途中旧古隅田川などの支流と合わせ、春日部市梅田地区で大落古利根川右岸に合流する。流域は一部で農地があるほかは住宅地となっている。

支流[編集]

河川施設[編集]

  • 上院調節池[1]

橋梁[編集]

古隅田川

旧古隅田川 ※春日部市下蛭田地区南部に源を発し、北東から北西方向に流れ、矢島橋の下流で古隅田川右岸に合流する。

周辺[編集]

風景[編集]

古隅田川(東京都)[編集]

概要[編集]

東京都葛飾区古隅田川緑道内(2013年6月)
  • 東京都足立区葛飾区の境を流れる流路延長5.45kmの河川。葛飾区亀有3丁目で中川と分かれ葛飾区小菅3丁目で綾瀬川左岸に合流する。現在は下流部の一部を除き暗渠となっている。また、東京拘置所付近に延長1.1㎞に亘り、綾瀬川の開削で分断された旧流路跡(裏門堰親水水路)が残る[2]

支流[編集]

河川施設[編集]

  • 大六天排水場

橋梁[編集]

河道の暗渠化の際、欄干が撤去され親柱のみとなった橋も多数存在する。

  • 境四橋
  • 南新橋
  • 境三橋
  • 旭橋
  • 境一橋
  • 元隅田橋
  • 白鷺橋 - 捷水路に架かる
  • 綾南橋
  • 境田橋
  • 富士見橋
  • 袋橋
  • 北野橋
  • 千鳥橋
  • 古川橋(レンゴー葛飾工場前)
  • 陸前橋(綾瀬コミュニティー道路)
  • 鵜乃森橋

周辺[編集]

  • 古隅田川親水水路
  • 東京法務局城北出張所
  • 綾瀬駅
  • 古隅田川緑道
  • 裏門堰親水公園(古隅田川跡)

古隅田川と利根川[編集]

かつて、隅田川利根川の下流に位置しており、武蔵国下総国の境界線となっていたと考えられている。埼玉県東京都にある2つの古隅田川はかつては利根川-隅田川の一部であり、現在の河川に則すれば、古利根川から古隅田川(埼玉側)、元荒川中川、古隅田川(東京側)、隅田川という流れが利根川及び荒川の本流であったと考えられている。

なお、現在の埼玉県の古隅田川は元荒川の近く(さいたま市岩槻区南平野付近)を源として古利根川に向かって注いでいるが、中世以前は反対に古利根川から元荒川に向かって大河川が流れていた。

これは現在も一部に残る自然堤防跡や古文書[3]において現在の古隅田川流域の東側地域(春日部など)が「下総国」下河辺荘に属していることからも分かる。

その後、関東造盆地運動の影響により古隅田川一帯が隆起して、利根川の本流が現在の古利根川からそのまま中川に向かう経路を取る様になり、更に江戸時代利根川東遷事業やそれに付随した入間川の荒川・隅田川への付け替え工事によって利根川・中川・荒川(隅田川)が切り離され水位が低下、埼玉の古隅田川の流れも逆方向に向かうようになったと考えられている[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b 荒川水系 荒川左岸ブロック河川整備計画付図 (PDF) 付図-59、埼玉県、2006年
  2. ^ 裏門堰親水水路 - 国土交通省 荒川下流河川事務所(荒川知水資料館)(2007年8月30日付けのアーカイブキャッシュ)
  3. ^ 例えば、「延元々年三月二十二日後醍醐天皇綸旨写」(武州文書・『新編埼玉県史 資料編5』中世1-295号)や「延文六年九月九日市場之祭文写(同中世1-435号)など。
  4. ^ 鈴木哲雄『中世関東の内海世界』(岩田書院、2005年) ISBN 978-4-87294-408-2 第一部第一章「古代から中世へ 下総国葛飾郡の変遷」はじめに、第二章「古隅田川地域史ノート」第一節「古隅田川地域と古代・中世の利根川」、第三章「古隅田川地域史における中世的地域構造」第一節「古隅田川地域史の成立」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]