京都市電堀川線

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堀川線
基本情報
日本の旗 日本
所在地 京都市
路線網 京都市電
起点 北野電停
終点 京都駅前電停
停留所数 21箇所
開業 1895年9月24日
廃止 1961年8月1日
運営者 京都市交通局
路線諸元
路線距離 6.3 km
軌間 1,067 mm
線路数 複線
電化方式 直流600V 架空電車線方式
(ポール集電)
テンプレートを表示
堀川線
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今出川線
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0.0 北野
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京福北野線
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下ノ森 北野車庫
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千本中立売 千本線
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西陣職業安定所前
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堀川中立売
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堀川
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堀川下立売
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堀川下長者町
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堀川丸太町 丸太町線
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二条城前
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堀川御池
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堀川三条
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堀川蛸薬師
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四条堀川・四条西洞院 四条線
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西洞院仏光寺
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西洞院松原
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西洞院五条
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西洞院六条
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西洞院正面
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七条西洞院 七条線
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近鉄京都線
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国鉄東海道本線山陰本線
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6.3 京都駅前
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hSTR STR uexSTRl uexSTRq
烏丸線
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河原町線
hSTR kABZg3
国鉄奈良線東海道本線
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国鉄東海道新幹線

堀川線(ほりかわせん)は、京都市堀川通等に敷設されていた京都市電軌道路線

京都電気鉄道(京電)が明治期に中立売線、北野線、堀川線及び西洞院線として建設した狭軌路線。1918年(大正7年)に京都市に買収された。

京都市による都市計画事業路線とは異なり、京電の路線は敷設可能な道幅がある既存街路や暗渠化された川の上に建設された為、各所で屈曲を繰り返していた。

路線は京都駅前から上京区北野天満宮前までを結んでおり、「北野線(きたのせん)」とも呼ばれていた。全区間が併用軌道で、四条堀川 - 四条西洞院間は堀川線の狭軌四条線標準軌からなる「六線共用」(三線軌条複線)区間であった。

京都市買収後の路線整理では、三哲-四条堀川間を西洞院通から堀川通へ変更、堀川中立売-北野間を廃止し堀川中立売-北大路堀川間を開業させる計画があったが、昭和恐慌による資金不足から見合わせるうちに戦時体制で凍結となり、戦後計画が正式に中止となったため狭軌のまま残り、1961年(昭和36年)に66年の歴史に幕を閉じた。

車輌は京電から引き継いだ狭軌1形電車(通称「N電」)が使用され、他に車輌が導入されることもなく、トロリーポールのまま、廃止の時まで走り続けた。

沿革[編集]

  • 1895年(明治28年)9月24日 中立売線府庁前-堀川下立売-堀川中立売開業
  • 1900年(明治33年)5月7日 北野線堀川中立売-下ノ森開業/北野車庫開設
  • 1901年(明治34年)12月6日 堀川線堀川下立売-堀川三条開業
  • 1902年(明治35年)10月23日 堀川線堀川三条-西四条(後の四条西洞院)開業
  • 1904年(明治37年)12月28日 西洞院線西四条-七条駅前開業/三哲車庫開設
  • 1912年(明治45年)5月10日 北野線下ノ森-北野開業
  • 1918年(大正7年)7月1日 京都市が京都電気鉄道を買収
  • 1940年(昭和15年)12月2日 急行運転開始(日曜祝祭日を除く午前6時-午前9時/午後4時-午後7時)
  • 1943年(昭和18年)
    • 2月21日 急行運転強化(日曜祝祭日を含む毎日午前6時-午前10時/午後4時-午後8時)
    • 11月1日 終日急行運転実施
  • 1954年(昭和29年)6月1日 終日急行運転終了
  • 1957年(昭和32年)3月19日 今出川線敷設のため、北野電停を北野天満宮境内横から今出川通南側へ移設
  • 1961年(昭和36年)7月18日 京都駅前-北野廃止を運輸大臣、並びに建設大臣が認可
  • 1961年(昭和36年)8月1日 全線廃止。市バス50号系統に転換。北野車庫廃止

電停一覧[編集]

停留所/交叉する通り(接続、距離は路線図参照)

特記[編集]

  • 北野線は1900年(明治33年)の開業当初、中立売線終点に横から直角に接続していたため、中立売橋東詰南の当該箇所に転車台を設置していた(俗に「電車回し」と呼ばれていた)。しかし、電車が止まり切れず民家に突っ込む事故が何度か発生したこともあり、複線化に際して中立売橋西詰から堀川を斜めに渡る鉄橋が架けられた。この鉄橋は格好の撮影場所であった。現在、当初の単線橋梁と複線化後の橋台が残存している。
  • 堀川線の廃止後の旅客輸送は、市バス(現在の50番系統)の他、市電に新設された10号系統でも代替された。
    市電10号系統:北野<今出川線>千本今出川<千本線>四条大宮<大宮線>七条大宮<七条線>七条烏丸<烏丸線>京都駅前
    市バス50号系統:(立命館大学方面)-北野<今出川通>千本今出川<千本通>千本中立売<中立売通>堀川中立売<堀川通>四条堀川<四条通>四条西洞院<西洞院通>七条西洞院-京都駅前