ヴィクラマ暦

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ヴィクラマ暦(ヴィクラマれき)は、南アジアにおける暦法の一つ。

概要[編集]

ヴィクラマ暦は、インドのウッジャイニー(現ウッジャイン)を統治していたヴィクラマーディティヤ(ヴィクラマ・アーディティヤ)という王が、シャカ族との戦争に勝利した記念に始めた暦だといわれている[1]。この暦の起年は紀元前57年で、西暦2008年4月13日はB.S.2065年バイサーク月(第1月)第1日にあたる。

なお太陰暦(厳密には太陽太陰暦)のヴィクラマ暦は、月名は太陽暦のものと基本的に同じであるが、日の呼び方は太陽暦ではガテといい、太陰暦ではティティという。太陰暦のヴィクラマ暦は約3年に1度閏月をはさむことによって太陽暦のヴィクラマ暦とのずれを調整している(太陽太陰暦)。

近年都市部を中心に西暦の使用も広まっているものの、実生活においてはヴィクラマ暦の方が馴染みが深い。毎年西暦3月頃に売り出される市販のカレンダーには太陽暦のヴィクラマ暦をベースに、西暦と太陽太陰暦のヴィクラマ暦を併記しているものが多い。

西暦4月の半ば(年によって1〜2日のずれが生じる)を新年とし、ひと月の日数は29日〜32日の月があり、前半の月が多めの日数、後半の月が少なめの日数という傾向があるものの、一定していないので西暦とはずれが生じる。

ネパール[編集]

ネパールの公式の暦として現在太陽暦ビクラム暦(विक्रम संवत्、Bikram Sambat)が採用されている。現代ネパール語でのविक्रमの発音はビクラムであり、ネパールに関する項では原音主義に基づきビクラム暦とする。略号はवि. सं.(B.S.)。

それまで使用されていた太陰暦に代えて、宰相チャンドラ・シャムシェルがB.S.1961年の新年(西暦1904年4月)より、太陽暦のビクラム暦を公式の暦として用い始めたとされる[2]

歴史的には年代、地域、王朝によって、さまざまなが使用されてきたが、太陽暦のビクラム暦以外はすべて太陰暦だった。これまで用いられてきた暦には、ビクラム暦の他、シャハカ暦ネパール暦(ネワール暦)、マンデーブ暦(マーナ・デーヴァ暦)、ラクシュマン・セーン暦(ラクシュマナ・セーナ暦)などがある。ネパールでは中世前期カス・マッラ朝時代頃からビクラム暦の使用が銘文等に認められる[3]

なおビクラム暦はネパールの公式の暦であり、実生活でも一般に広くいきわたっている暦であるため、日本語でネパール暦と呼ぶ例がみられるが、ネパール暦(नेपाल संवत्, Nepal Sambat)はビクラム暦とは別の暦で、新年が秋に来る太陰暦太陽太陰暦)である。この暦は主にネワール族の間での使用に限られているので、暦名の用法に注意が必要である。

祭り(ビスケット・ジャートラーを除く)や宗教行事等は基本的に太陰暦のビクラム暦によっているので、西暦とのずれが生じる。

脚注[編集]

  1. ^ グルプラサッド・マイナリ『ナソ・忘れ形見』 野津治仁訳、穂高書店、1992年、210頁下段。
  2. ^ नेपालमा प्रचलित संवत् र व्यावहरिक प्रयोग।मेरो नेपाल अनलाईन なお英語版では1903年としている。
  3. ^ 佐伯和彦『ネパール全史』明石書店、212〜213頁

参考文献[編集]

  • 佐伯和彦 『世界歴史叢書 ネパール全史』 明石書店、2003年 

関連項目[編集]