ルビン・オコティエ

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ルビン・オコティエ Football pictogram.svg
AUT vs. MDA 2015-09-05 (072).jpg
オーストリア代表でのオコティエ (2015年)
名前
本名 ルビン・ラファエル・オコティエ
Rubin Rafael Okotie
ラテン文字 Rubin Okotie
基本情報
国籍  オーストリア
 パキスタン
ナイジェリアの旗 ナイジェリア
生年月日 (1987-06-06) 1987年6月6日(30歳)
出身地  パキスタン カラチ
身長 188cm
選手情報
在籍チーム 中華人民共和国の旗 北京控股足球倶楽部
ポジション FW
背番号 10
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2007 オーストリアの旗 FKアウストリア・ウィーンII 55 (19)
2007-2010 オーストリアの旗 FKアウストリア・ウィーン 57 (21)
2010-2012 ドイツの旗 1.FCニュルンベルク 4 (0)
2010-2012 ドイツの旗 1.FCニュルンベルクII 7 (1)
2011-2012 ベルギーの旗 シント=トロイデンVV (loan) 9 (1)
2012-2013 オーストリアの旗 SKシュトゥルム・グラーツ 43 (11)
2013-2014 オーストリアの旗 FKアウストリア・ウィーン 13 (1)
2014 デンマークの旗 ソナーリュースケ 15 (11)
2014-2016 ドイツの旗 TSV1860ミュンヘン 57 (21)
2016- 中華人民共和国の旗 北京控股足球倶楽部
代表歴2
2005-2006 オーストリアの旗 オーストリア U-19 13 (1)
2006-2007 オーストリアの旗 オーストリア U-20 9 (2)
2007-2008 オーストリアの旗 オーストリア U-21 7 (2)
2008- オーストリアの旗 オーストリア 18 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年2月10日現在。
2. 2016年6月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルビン・ラファエル・オコティエRubin Rafael Okotie1987年6月6日 - )は、パキスタンカラチ出身のプロサッカー選手オーストリア代表中国サッカー・スーパーリーグ北京控股足球倶楽部所属。ポジションは、フォワード

経歴[編集]

2001年、14歳の時にFKアウストリア・ウィーンの育成アカデミーに入団。2シーズンに渡り当時エアステリーガ(2部)に属していたセカンドチームでプレーし、2007年8月SKラピード・ウィーン戦でオーストリア・ブンデスリーガ(1部)に属するトップチームにてデビューを果たした。2008年2月FCレッドブル・ザルツブルク戦で初ゴールを決めた。

2010年7月、当時ドイツ・ブンデスリーガ(1部)に属していた1.FCニュルンベルクに3年契約で移籍した。

2011年8月から12月31日まではベルギー・プロ・リーグ(1部)に属するシント=トロイデンVVにレンタルで在籍した。

2012年1月31日オーストリア・ブンデスリーガに属するSKシュトゥルム・グラーツに移籍。2013年7月には古巣のFKアウストリア・ウィーンに復帰した[1]

2014年1月から6月まではデンマーク・スーペルリーガ(1部)に属するソナーリュースケにてプレー。リーグ戦15試合に出場し11得点1アシストを記録した。

2014年7月、当時ドイツ・ブンデスリーガ2部に属していたTSV1860ミュンヘンに2年契約で加入[2]。2年間でリーグ戦52試合に出場し21得点6アシストを記録した。

2016年7月中国サッカー・甲級リーグに属する北京控股足球倶楽部に2年半契約で移籍した。

代表歴[編集]

オーストリア代表としてUEFA U-19欧州選手権20062007 FIFA U-20ワールドカップに出場した[3]。U-20ワールドカップでは2ゴールを記録し準決勝進出に貢献した。

2008年11月19日に開催されたトルコ代表カレル・ブリュックナー監督の下、A代表チームでのデビューを果たした。

UEFA EURO 2016予選ではロシア代表戦とモンテネグロ代表戦で得点を挙げた。

ゴール[編集]

# 年月日 会場 対戦相手 スコア 結果 大会
1 2014年10月12日 オーストリアの旗 エルンスト・ハッペル・シュターディオン  モンテネグロ 1–0 1–0 UEFA EURO 2016予選
2 2014年11月15日 オーストリアの旗 エルンスト・ハッペル・シュターディオン  ロシア 1–0 1–0 UEFA EURO 2016予選

人物[編集]

パキスタン最大の都市カラチにて、ナイジェリア人の父とオーストリア人の母との間に生まれた。また4歳になるまでスペインバルセロナで過ごした[4]。このような来歴からオーストリア、ナイジェリア、パキスタンの各代表に選出される権利を持っていたが、オコティ本人は自身をオーストリア人と考え、オーストリア代表を選択した[4]

脚注[編集]

  1. ^ Rubin Okotie kehrt zur Austria zurück” (German). FK-Austria.at (2013年6月18日). 2013年6月18日閲覧。
  2. ^ Rubin Okotie weiß, wo das Tor steht.” (German). TSV1860.de (2014年7月2日). 2014年7月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年7月2日閲覧。
  3. ^ ルビン・オコティエ - FIFA主催大会成績
  4. ^ a b Okotie hopes for dream Final”. FIFA.com (2007年7月14日). 2010年8月18日閲覧。