リー・グリーンウッド

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リー・グリーンウッド
Man performing in a Stars and Stripes jacket
2005年撮影
基本情報
出生名 Melvin Lee Greenwood
生誕 (1942-10-27) 1942年10月27日(75歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州
ロサンゼルス
ジャンル カントリーポップ
職業 歌手ソングライター
担当楽器 ボーカル
サクソフォーン
ピアノ
活動期間 1962年 – 現在
レーベル MCAレコード
キャピトル・レコード
リバティ・レコード英語版
カーブ・レコード英語版
公式サイト www.leegreenwood.com
Lee Greenwood.jpg
全国芸術協議会
(National Council on the Arts)
任期
2008年11月 – 2014年11月
ノミネート者 ジョージ・W・ブッシュ

メルヴィン・リー・グリーンウッド(Melvin Lee Greenwood[1]1942年10月27日 - )は、アメリカ合衆国カントリー・ミュージックのアーティスト。1962年から活動を始め、メジャー・レーベルから20枚以上のアルバムを出し、35枚以上のシングルが『ビルボード』誌のカントリー・ミュージック・チャートに入っている。

グリーンウッドは、代表的なシングルで、シグネチャー・ソング英語版の「ゴッド・ブレス・ザ・USA (God Bless the USA)」で知られており、元々はこの曲を1984年にリリースしてヒットさせたが、その後、1991年湾岸戦争の際や、2011年アメリカ同時多発テロ事件の際に注目を集め、特に後者の際には「Billboard Hot 100」チャートで16位に達する、彼にとってポップ・チャート最高のヒットとなった。このほかにも、カントリー・チャートの首位に立ったヒット曲が、「Somebody's Gonna Love You」、「Going, Going, Gone」、「Dixie Road」、「I Don't Mind the Thorns (If You're the Rose)」、「Don't Underestimate My Love for You」、「Hearts Aren't Made to Break (They're Made to Love)」、「Mornin' Ride」と7曲ある。1983年のシングル「I.O.U.」は、アダルト・コンテンポラリー・チャートでトップ5に入り、Hot 100 でも53位まで上昇した。

生い立ち[編集]

グリーンウッドは、カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれた。両親の離婚の後、サクラメント近郊で[2]、母方の祖父母が営んでいた養鶏場で育った。7歳の時には、教会で歌うようになっていた。1969年、チェスター・スミス・バンド (the Chester Smith Band) の一員となり、初めてテレビに出演した。その後、程なくして、カントリー・ミュージシャンのデル・リーヴス英語版の下で働くようになった。

グリーンウッドは、1962年には最初の自分のバンド、ジ・アポロズ (The Apollos) を結成していたが、このバンドは後にリー・グリーンウッド・アフェア (Lee Greenwood Affair) と名を変え、おもにポップ・ミュージックを演奏して、ネバダ州ラスベガスカジノなどに出演していた。ロサンゼルスでは、パラマウント・レコード英語版に、数曲の録音を残した。1970年代にバンドが解散した後、グリーンウッドはひとりでラスベガスに戻り、昼間はブラックジャックのディーラーとして、夜は歌手として働いた。

経歴[編集]

2013年3月、保守政治活動協議会 (CPAC) で「ゴッド・ブレス・ザ・USA」を歌うグリーンウッド。

1979年、ネバダ州リノにいたグリーンウッドは、メル・ティリス英語版バンドリーダーベーシストのラリー・マクファーデン (Larry McFaden) に見出された。いくつかのデモテープを作った後、グリーンウッドは1981年に、ちょうどパラマウント・レーベルを吸収したばかりだったMCAレコードナッシュビルの部門 (MCA Nashville) と契約し、マクファーデンがマネージャーとなった。

MCAからの最初のシングルは、ジャン・クラッチフィールド英語版が書いた「It Turns Me Inside Out」で、カントリー・チャートのトップ20入りを果たした。この曲は元々はケニー・ロジャースのために書かれた曲だったが、当時多数の楽曲をオファーされていたロジャースが、採用しなかった楽曲だった。続いて、「Ring on Her Finger, Time on Her Hands」でカントリー・チャートのトップ10入りを果たした。これらの楽曲は、重点的に売り込まれ、特にフロリダ州南部の市場では、MCAの経理担当者だったブラッド・フィッツジェラルド (Brad Fitzgerald) をはじめとする人々が、売り込みに力を入れた。

グリーンウッドは、1980年代はじめに「ゴッド・ブレス・ザ・USA」を書いて録音していた。その後、この曲が、新たな人気を獲得したのは、1991年砂漠の嵐作戦が開始された時であり、さらにその10年後に2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件を受けてのことであった。実際、2001年末には、「ゴッド・ブレス・ザ・USA」がカントリー・チャートのトップ20に再エントリーした。以降、グリーンウッドは、数多くの公的な行事や、同時多発テロ攻撃の追悼行事などにおいて、この曲を演奏している。

1996年4月1日には、テネシー州セビアビル英語版に、自身の名を冠したリー・グリーンウッド劇場 (the Lee Greenwood Theatre) を開場し、以降しばらくは、ここで定期的に公演するようになった[3]。この劇場は後に、教会 (New Hope Church) に転用された[4]

グリーンウッドは、ドナルド・トランプの大統領就任式に先立ち、2017年1月19日リンカーン記念堂前で開催された大統領就任コンサートに出演して「ゴッド・ブレス・ザ・USA」を歌った[5]

全国芸術協議会[編集]

2008年11月、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュは、グリーンウッドを、任期6年で、全国芸術協議会に任命した[6]

家族[編集]

グリーンウッドは、元ミス・テネシー州のキンバリー・ペイン(Kimberly Payne)と結婚しているが、これは彼にとって4回目の結婚である[7]。彼らの間には、息子2人、ダルトン (Dalton) とパーカー (Parker) がいる[2]

ディスコグラフィ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Whitburn, Joel (2004). The Billboard Book Of Top 40 Country Hits: 1944-2006, Second edition. Record Research. p. 143. 
  2. ^ a b Lee Greenwood bio on Greenwood's official site”. 2010年3月3日閲覧。
  3. ^ Lee Greenwood Interview”. Gary James. 2017年1月20日閲覧。
  4. ^ New Hope Church (formerly Lee Greenwood Theater) Sevierville”. Eventful, Inc.. 2017年1月20日閲覧。
  5. ^ ドナルド・トランプ大統領就任コンサート、全編の映像が公開に”. NME Japan (2017年1月20日). 2017年1月20日閲覧。
  6. ^ “Bush appoints Lee Greenwood to National Arts Council”. Los Angeles Times. (2008年11月3日). http://latimesblogs.latimes.com/culturemonster/2008/11/lee-greenwoods.html 
  7. ^ “Lee Greenwood on Why Fourth Time's the Charm”. The Boot. (2010年3月3日). http://www.theboot.com/2010/03/03/lee-greenwood-wife?icid=main 2010年3月3日閲覧。 

参考文献[編集]

  • Wood, Gerry (1998). "Lee Greenwood". In The Encyclopedia of Country Music. Paul Kingsbury, Editor. New York: Oxford University Press. pp. 212–3.

外部リンク[編集]