ラ・アマポーラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ラ・アマポーラ
プロフィール
リングネーム ラ・アマポーラ
レディ・ペンタゴン(アルシオン)
本名 グアダループ・オリベイラ
(Guadalupe Olvera)
身長 160cm
体重 60kg
誕生日 (1976-09-09) 1976年9月9日(41歳)
出身地 メキシコの旗 メキシコメキシコシティ
所属 CMLL
トレーナー エル・サタニコ
Insolito
Franco Colombo
Memo Diaz
Jose Luis Feliciano
デビュー 1997年12月
テンプレートを表示

グアダループ・オリベイラGuadalupe Olvera1976年9月9日 - )は、メキシコメキシコシティ出身の女子プロレスラー

リングネーム「ラ・アマポーラLa Amapola)」または単に「アマポーラ」で知られる。「アマポーラ」はスペイン語でヒナゲシを意味する。CMLL所属。

来歴[編集]

1997年12月、CMLLでデビュー。しかし女子部が休止となったため大日本プロレスに参戦。

その後、藤田愛がメキシコでデビューした試合の対戦相手となった。

2002年1月、その藤田が所属していたアルシオンに「レディ・ペンタゴン」(女版「ペンタゴン・ブラック」)のリングネームで参戦。リングネームを変えた理由はアルシオン社長ロッシー小川によれば「アマポーラでは知名度がなく、刺客としてインパクトがなかったため」である[1]

2002年5月、有明コロシアム大会でBaby-Aとのマスカラ・コントラ・マスカラ(マスク剥ぎマッチ)に敗れマスクを奪われたが、まともに素顔を見せずタオルを被り控え室に逃げ、「マスクを取られたらギャラをアップして欲しい」と会社に要求したという[1]。その後、残るシリーズもマスクを被った。

帰国後は女子部が再開されたCMLLで活動。2006年4月、アレナ・メヒコダーク・エンジェルとのマスカラ・コントラ・カベジェラに敗れ、遂にマスクを脱いだ。

同年にはレッスルエキスポ2006に来日。トーナメントにエントリーするが、1回戦で田村欣子に敗れる。直前にはNEO女子プロレスにも参戦。

2007年11月16日、レディ・アパッチェが持つCMLL世界女子王座に挑戦し、王座奪取に成功。

2011年5月8日、REINA女子プロレス団体旗揚げに参戦。21度目の防衛に成功。

9月18日のREINA新木場大会で栗原あゆみ相手に24度目の防衛に成功。

10月28日、マルセラ相手に25度目の防衛に挑むが、敗れて約4年守り続けた王座から陥落。

2012年10月12日、アルシオン時代に行動を共にしたLeonからCMLL-REINAインターナショナル王座を奪取[2][3]

11月11日、REINAアリーナ大会でミア・イム相手に初防衛成功。

11月25日、Leonに敗れ王座陥落。

2013年3月15日、「オメナヘ・ア・ドス・レジェンダス」にてエストレジータとのカベジェラ・コントラ・カベジェラに敗れ丸坊主にされた[4]

2014年4月20日、朱里を破りCMLL-REINAインターナショナル王座返り咲き。

5月にベルトを持って来日し、成宮真希の挑戦を退け、さらに朱里とのリマッチも制して防衛。

獲得タイトル[編集]

得意技[編集]

  • ムーンサルトプレス
  • パワーボム

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 女子ガイコク人列伝(第45話)アマポーラ”. goo. 2012年12月17日閲覧。
  2. ^ Mexicool, Rey (2012年10月12日). “¡Amapola, nueva monarca internacional!” (Spanish). SuperLuchas Magazine. 2012年10月12日閲覧。
  3. ^ Salazar López, Alexis A. (2012年10月13日). “Viernes 12 de Octubre '12” (Spanish). CMLL. 2012年10月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年10月13日閲覧。
  4. ^ レイナ・コーポレーション (2013年3月17日). “【CMLL速報】カベジェラ戦、エストレジータvs.アマポラ”. 2013年6月29日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]