ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク

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ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク
Julius-Maximilians-Universität Würzburg
紋章
種別 Public
設立年 1402年(1415年 - 1582年は閉鎖)
学長 アルフレート・フォルヒェル (Alfred Forchel)
学部生 25,295(2012/2013年)
大学院生 3,100
所在地 ドイツの旗 ドイツ
ヴュルツブルク
キャンパス 都市
マスコット none
公式サイト www.uni-wuerzburg.de
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ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク(ユリウス・マクシミリアンだいがくヴュルツブルク、Julius-Maximilians-Universität Würzburg)は、ドイツバイエルン州ヴュルツブルクにある総合大学。通称はヴュルツブルク大学1402年に創立された。

キャンパス[編集]

主要なキャンパスはヴュルツブルク旧市街の東側に位置する。学生数は約21,000人であり、うち1,000人以上が国外からの学生である。

歴史[編集]

組織[編集]

  • カトリック神学部
  • 法学部
  • 医学部
  • 第一哲学部
  • 第二哲学部
  • 生物学部
  • 化学・薬学部
  • 地学部
  • 数学・情報学部
  • 物理学・天文学部
  • 経済学部

学生[編集]

教員[編集]

スポーツ・サークル・伝統[編集]

ノーベル賞受賞者[編集]

日本との関係[編集]

シーボルトが出た大学であることから、明治時代初期から日本人留学生が学んでいた。1872年に橋本綱常、1888年にはその長男も学籍登録している。その同級生に金杉英五郎、藤野正太郎、宮下俊吉、伊藤琴三、北川乙治郎(1864-1922、帰国後和歌山県立病院長、名古屋好生館病院院長、名古屋医師会会長[2])、馬越徳太郎(馬越恭平長男)、長与称吉、大西秀次(陸軍二等軍医)がいた[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 吉野正敏(1998)"二〇世紀の地理学者たち 第32回 ヘルマン・フローン"地理古今書院).48(8):86-94.(88ページより)
  2. ^ 北川乙治郎コトバンク
  3. ^ 明治期ドイツ留学生,橋本 春(Hashimoto Hasime) の生涯金田昌司、経済学論纂(中央大学)第52巻 4号、2012年3月22日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]