ヨハネス・シュタルク
Johannes Stark ヨハネス・シュタルク | |
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生誕 |
1874年4月15日![]() |
死没 |
1957年6月21日 (83歳)![]() |
国籍 |
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研究機関 |
ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン ハノーファー大学 アーヘン工科大学 ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルク |
出身校 | ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン |
主な業績 | シュタルク効果 |
主な受賞歴 | ノーベル物理学賞(1919) |
プロジェクト:人物伝 |
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ヨハネス・シュタルク(Johannes Stark、1874年4月15日 - 1957年6月21日)は、ドイツの、バイエルン公国シッケンホーフ(現・フライフンク)生まれの物理学者。 シュタルク効果の提唱者。
ナチスによる政権掌握後は、フィリップ・レーナルトと共に反ユダヤ主義の観点から「ドイツ物理学」を提唱し、アルベルト・アインシュタインの相対性理論を「ユダヤ物理学」と呼んで唾棄した。この事が原因となり、第二次世界大戦後の1947年に非ナチ化法廷により4年の禁固刑に処せられた。
履歴[編集]
- アーヘン工科大学、グライフスヴァルト大学の教授を歴任。
- 1920-21年:ヴュルツブルク大学教授。
- 1933-39年:国立理工学研究所所長。
業績[編集]
シュタルク効果[編集]
電場におかれた原子の発光スペクトルが分岐してサテライト線を持つようになる現象。