ヤエベニシダレ

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ヤエベニシダレ
ヤエベニシダレ
ヤエベニシダレの花とつぼみ
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜綱 : バラ亜綱 Rosidae
: バラ目 Rosales
: バラ科 Rosaceae
: サクラ属 Cerasus
: ヤエベニシダレ
学名
Cerasus spachiana Lavalee ex H.Otto f. spachiana ‘Yaebenishidare’
英名
Cerasus spachiana Lavalee ex H.Otto f. spachiana ‘Plena Rosea’

ヤエベニシダレ(八重紅枝垂 Cerasus spachiana Lavalee ex H.Otto f. spachiana‘Yaebenishidare’)(Synonym : Prunus pendula Maxim., 1884 ‘Plena Rosea’)とは、エドヒガン系の園芸品種の一種。その名の通り花形が八重咲きヤエザクラで花色が濃い紅色のシダレザクラである。「遠藤桜」「仙台八重枝垂」「仙台小桜」「平安紅枝垂」とも呼ばれる。

分類[編集]

サクラの属名は日本では長いことPrunus、和名ではスモモ属とする分類が主流だったが、昨今の研究ではCerasus(サクラ属)とするものがある。日本では前者、分けてもサクラ亜属(subg. Cerasus)とするものが多かったが、近年は後者が増えてきているしかしCerasusとすることで決着した訳ではない。

特徴[編集]

樹高が5m程度の落葉高木で、日本では東北地方以南が適地であるが、北海道道南でも栽培は可能とされる。枝は長く垂れ、花も下垂し、開花はに先行する。花期はシダレザクラベニシダレザクラと比べてやや遅く、東京では4月中旬頃。は2~2.5cmで、散形状に2~3個付ける。筒は濃紅紫色で太い壷形をしており、が多い。花弁は15~20個、楕円形でややねじれており、平開しない。蕾から花弁が展開するにつれて、花色が濃紅紫色から淡紅紫色へと変化する。このため、遠目には5分咲きから7分咲きの頃に紅の色が最も濃くなり、その後次第に淡い色へと変化するように見える。八重咲きはおしべめしべが花弁に変化してできると考えられているが、八重紅枝垂のおしべとめしべの数は、一重咲きのものとさほど変わらないのも特徴。

名称・由来[編集]

江戸時代から栽培されている品種で、怡顔斉松岡玄達)の「桜品」(1758年(宝暦8年))には「千弁糸桜」として描かれている。

明治時代、仙台市長であった遠藤庸治仙台市内で植え増やし、また、その子孫樹を各地に贈って普及に努めた。このため「遠藤桜」あるいは「仙台八重枝垂」「仙台小桜」とも呼ばれる。現在でも仙台都市圏各地でよく見られ、また、東北地方以南の日本各地に名所がある。なお、遠藤が植え増やした八重紅枝垂は、京都御所から鹽竈神社(仙台市に隣接する塩竈市にある)に下賜されたものとも、京都近衛家の庭にあったものとも言われる。

八重紅枝垂は「伊達家の桜」とも言われる[1]が、その由来は不明。第4代仙台藩伊達綱村が、生母の三沢初子の霊を弔うため、元禄年間に釈迦堂を現在の榴岡公園(仙台市宮城野区)の地に建て、また、京都から桜の苗1000本を取り寄せて植えており、当地は江戸時代からの枝垂桜の名所となっている。これらは仙台枝垂桜ともいわれるが、花色が白や薄紅で八重咲きでもない。この榴岡公園にも遠藤は八重紅枝垂を植えており、園内では仙台枝垂桜と混在している[2]。八重紅枝垂が「伊達家の桜」といわれるのは、各地に普及する中で、榴岡公園の仙台枝垂桜の由緒と混同した可能性が考えられる。

遠藤は、1895年明治28年)創建の平安神宮にも八重紅枝垂を献上しており、現在、境内の300本の桜の内、八重紅枝垂は半数の150本を数える。特に、本殿の背後にある庭園「神苑」の八重紅枝垂の並木は例年ライトアップされ、夜陰に浮かび上がる桜、そして、池に映り込む桜の美しさにより、多くの観光客を惹き付けている。また、平安神宮の八重紅枝垂は、谷崎潤一郎の「細雪」や川端康成の「古都」にも登場するほど著名で、関西地方では八重紅枝垂を「平安紅枝垂」とも呼ぶ。

名前の付けられたヤエベニシダレ[編集]

北里研究所正門右のコッホ北里祠の前にある八重紅枝垂。志賀潔赤痢菌の発見者。当時部長)が、1914年大正3年)の同研究所創設時に、生まれ故郷の仙台から移植した30数本の八重紅枝垂の生き残りの2本。
  • 「チェリーバウアー (Cherry Bauer)」
仙台市立台原小学校にある八重紅枝垂。同校出身の荒川静香が、2006年平成18年)トリノオリンピック女子シングル金メダルに輝いたことを記念して植樹された。記念碑は2007年平成19年)3月に設置され、2008年平成20年)12月23日に荒川臨席のもと除幕式を行った。「チェリーバウアー」の名称は、桜を意味する英語の「チェリーブラッサム (cherry blossom)」と、荒川の得意技の「イナバウアー (Ina Bauer)」が枝垂桜の枝振りと似ていることから、これらを合成して造語した[3]

その他[編集]

1900年明治33年)、宮城県師範学校の坂庭清一郎が、八重紅枝垂を母、染井吉野を父として交配させて誕生させた。原木が東北大学植物園にある。

脚注[編集]

  1. ^ ヤエベニシダレasahi.comサイエンス)
  2. ^ 杜の都の名木・古木 Archived 2006年10月6日, at the Wayback Machine.(仙台市)
  3. ^ 「金」の偉業後世に 荒川さん記念碑除幕 仙台 Archived 2008年12月26日, at the Wayback Machine.(河北新報 2008年12月24日)