モルドバ国鉄

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モルドバ国鉄路線図

モルドバ国鉄ルーマニア語: Calea Ferată din Moldova、略称: CFM)はモルドバ国有の鉄道会社である。1,232kmの広軌路線および14kmの標準軌路線を有し、全線が単線非電化である。

歴史[編集]

1871年8月28日ティラスポリキシナウを結ぶ路線が開業したのが始まりである。1875年6月1日にはキシナウ - コルネシュティルーマニア語版英語版 - ウンゲニルーマニア語版英語版間を結ぶ鉄道が全線開通し、ルーマニア方面に接続するようになった。路線を繋ぐエッフェル橋ルーマニア語版英語版露土戦争開戦3日前の1877年4月21日に開通された。同年11月にはベンデル - バサラベアスカルーマニア語版英語版 - レニウクライナ語版 - ジュルジュレシュティルーマニア語版英語版間の路線が開業したほか、1893年から1894年にかけてリプカニルーマニア語版英語版 - オクニツァ英語版ロシア語版ウクライナ語版 - オタチルーマニア語版英語版間、オクニツァ - バルツィ間、バルツィ - フロレシュティルーマニア語版英語版 - ルィブニツァ - コバスナ英語版ロシア語版ウクライナ語版間の路線が開業した。そして19世紀末頃までにはティギナ - ガラツィ - ルィブニツァ - バルツィ - ノワ・スリツァウクライナ語版ルーマニア語版間が開業されている。

第一次世界大戦中にはバルツィ - ウンゲニ間が改修され、そこからブコヴァツルーマニア語版英語版 - レウシェニ - フシルーマニア語版英語版[注釈 1] - バサラベアスカ - プルト間が追加される形で再開している。

1920年代初頭にはベッサラビアルーマニアに併合されたことにより標準軌に改軌される。戦間期の間にバサラベアスカ - カンテミール英語版間およびレヴァカルーマニア語版 - ズロチルーマニア語版 - カイナリルーマニア語版英語版間の路線が開業したが、後者は1944年戦災により破壊された。第二次世界大戦後にはモルドバ地域一帯がソビエト連邦の一部になり、再び広軌に改軌されることとなった。1971年にはカンテミール - カグル英語版間の路線が開業した。

2004年には沿ドニエストル共和国内の全資産が沿ドニエストル鉄道(PŽD)へ移管された。2005年には第二次世界大戦末期に破壊されたレヴァカ - カイナリ間の路線が再建。2007年から翌08年にかけてカグル - ジュルジュレシュティ間の路線が建設された。

車両[編集]

D1M型気動車
ストラセニルーマニア語版英語版駅にて撮影

ソ連および他の東側諸国で製造された車両が使用されている。ディーゼル機関車TE10型およびM62型が一般的ではあるが、旅客輸送にはチェコ製のChME3型英語版が使用されることもある。

気動車ハンガリーガンツ-マーバグ社製のD1型が主流であったが、2012年にルーマニアの工場(主にElectroputere VFU社)にて大幅な更新工事が行われる形で改良型車両のD1M型が登場しており、現在はD1型とD1M型の2種類が使用されている。

列車[編集]

国内列車の他、キシナウからモスクワ、キエフ、ブカレスト方面などへ向かう国際列車が存在する[1][2]

ギャラリー[編集]

以下の鉄道切手が販売されている。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ フシ駅はのちに解体・消滅している。

出典[編集]

外部リンク[編集]