イギリスの鉄道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
世界の鉄道一覧 > イギリスの鉄道
ファースト・グレートウェスタン鉄道ブリストル近辺を高速で走るクラス180。最高時速200 km/h。
Rail Map GB (RC).png

イギリスの鉄道(:Rail transport in Great Britain)は世界で最も古い鉄道であり、約4,928kmの電化路線を含む総計約16,536kmの標準軌路線である。

歴史[編集]

イギリス鉄道はもともと、小規模の民間地方鉄道の運営する地方路線の集まりとして出来た。19世紀から20世紀前期にかけて、競合他社の買収などを通じ比較的大規模な少数の会社が残った。第一次世界大戦時には全国の鉄道網は政府の管理下に置かれ、合併によるメリットが出てきた。しかし政府は全国鉄道の国有化 (ウィリアム・グラッドストンにより1830年に初めて提唱された)は行わなかった。しかし1923年1月1日より競争に残ったほとんどの会社は四大鉄道会社(「ビッグ・フォー」)に集約された(1921年鉄道法)。当時の「ビッグ・フォー」はグレート・ウェスタン鉄道ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道サザン鉄道。「ビッグ・フォー」は共同株式所有会社で1947年12月31日まで運行した。

1920年代1930年代道路輸送の急成長により、鉄道会社の収入は大きく減少した。これを政府の道路建設政策による道路輸送優先志向の結果とみる向きもある。投資の減少、輸送政策の変化、ライフスタイルの変化などにより、鉄道業界は縮小し始めた。第二次大戦中にはビッグ・フォー各社は経営を一本化し維持したが、戦後、政府は鉄道業務を公共部門に組み入れることに決定した。

1948年に「ビッグ・フォー」は国有化され、イギリス運輸委員会 (英語版)傘下の「イギリス国鉄」となった。イギリス国鉄はひとつの組織であったが、運行地域によって6つの地域組織に分割された。当初いくつかの変化はあったが、利用者数は増加し、利益が出るようになった。1954年までに軌道と駅の近代化が完成された。同年、道路輸送業務の民営化を含むイギリス交通委員会の交通政策管理が終了した。鉄道収入は減少し、1955年には再び赤字に転落した。1950年代半ばディーゼル電気車両の急激な導入を行ったが、それに見合った道路輸送から鉄道への切り替えは起こらず、損失は積み上がるばかりであった。

収益向上の要求は、1960年代半ばの大規模な路線縮小につながった。時の政府はICI取締役のリチャード・ビーチング博士に鉄道の再編を命じた。いくつもの支線が不経済だと思われるとの理由から閉鎖され (ビーチング・アックス)、フィーダー線由来の幹線旅客輸送が大幅に減少した。石炭鉄鋼といった大規模産業が利用していた貨物駅の多くが閉鎖され、貨物は道路輸送へと移っていった。

旅客輸送業務は、1970年代に都市間の高速鉄道の導入で再生期を迎えた。この時期より、経済成長期には乗客数は増え、停滞期には減少するという変動を繰り返す。1980年代には政府の援助は大きくカットされ、インフレ以上に運賃は高騰し、サービスは下がった。1990年代初期には 5つの地域組織が「部門」に置き換えられ、また旅客輸送業務は「インターシティ」、「サウスウェスト・ネットワーク」、「その他地域業務部門」に分けられた。新組織はより効率的な運営を狙ったが、2年の組織運営のうちに民営化プロセスに移行した。

1994年1997年の間にイギリス国鉄は上下分離方式での分割民営化が実施されることとなった。軌道とインフラの所有は「レールトラック」社に受け継がれ、旅客輸送業務は民間の列車運行会社(Train Operating Companies、当初25社)に、また貨物輸送業務は即時民間に売却された(分割売却用の6社中5社は一つの会社に売却された)。政府は分割民営化は旅客サービスの向上につながると表明。乗客数はその後1950年代後半のレベルまで上昇した。

分割民営化後、頻発した大事故により、鉄道旅行のイメージは大変下落した。ハットフィールド脱線事故では線路上の微小なひび割れが主原因であった。この事故後、レールトラック社は1200カ所以上の緊急速度制限を発令し、高予算の全国軌道改良計画を実施した。しかしその後も様々な事故が発生し、対策費用がうなぎ上りに上昇した結果、同社は倒産に追い込まれ、国有企業「ネットワーク・レール」社に取って代わられた。


1830年以前
黎明期

1830年 - 1922年
初期の発展

1923年 - 1947年
4大鉄道会社(ビッグ・フォー)

1948年 - 1994年
イギリス国鉄

1995年 - 現在
民営化

地勢とインフラ[編集]

イギリスグレートブリテン島は先のとんがった三角形であり、首都ロンドンはその南東にある。主な鉄道路線はロンドンから多くの方向に放射状に延びている。

2003年9月末に英仏海峡トンネルを経てフランスベルギーへつながる高速鉄道チャネルトンネル鉄道(Channel Tunnel Rail Link、CTRL)」が完成し、イギリスの鉄道を欧州大陸に接続するという、大きな一歩を残した。ウェスト・コースト本線の更新工事は1997年以来継続しているが、レールトラック社の当初計画より予算超過(100億ポンド)による4年以上の遅延が続いている。

現在の状況の概要[編集]

現在のイギリスでは、1994年のイギリス国鉄 (British Rail) の民営化の際に、都市近郊の路線および都市間を結ぶ鉄道路線(地下鉄や路面電車などの市内輸送路線除く路線。日本でいう在来線の概念に近い)は、基本的に上下分離方式による運営が全国規模で徹底された。すなわち、路線・駅施設などインフラの保有・維持・管理する会社と列車を運行する会社が分けられ、運営されている。

このうち、前者(インフラ保有など)は、民営化によって国鉄から民営のレールトラック社に引き継がれたものの破綻する事態となり、現在は公益法人であるネットワーク・レール社がさらに引き継いでいる。

後者については、国鉄から数十社の民間会社が継承し、それぞれが独自に列車を運行している。このうち、直接国鉄を継承した旅客列車の列車運行会社(およびそれを継承した会社)はまとめてトレイン・オペレーティング・カンパニーズ (TOCs) と呼ばれ、アソシエーション・オブ・トレイン・オペレーティング・カンパニーズ (ATOC) と呼ばれる代表団体に加入している。ATOCを構成する列車運行会社は統一ブランドである「ナショナル・レール (National Rail)」のブランドを用いて列車を運行し、切符の共通化などが行われている。

このように上下分離方式が徹底されているため、同じ線路を別々の会社が運営する列車が走っていることがままある。もっとも、運行する会社が異なっていてもいずれも「ナショナル・レール」ブランドの列車である場合が多いが、ヒースロー・エクスプレスのようにナショナル・レールのブランドではない列車が走行する区間もある。

なお、ロンドン地下鉄など都市内交通機関の多くや、北アイルランドの鉄道は路線保有主体と列車運行主体が一致し、「ナショナル・レール」のグループとはそれぞれ別々のグループであるといえる。

この他、個人所有の鉄道や保存鉄道が多い。

旅客輸送業務[編集]

2007年1月18日に天候不順で運行中止を表示するキングス・クロス駅での出発案内表示

イギリスでの旅客輸送業務は、交通局(Department for Transport、DfT)から地域ごとのフランチャイズ方式で列車運行会社に認可される構造となっている(一部例外有り:マージーレイルスコットレイルの例)。元々、列車運行会社は25社系列のフランチャイズがあったが、いくつかの運営会社は複数の系列を所有したり、合併したケースもあり、系列数は現在では少なくなっている。地域や市場に特化した鉄道業務については、フランチャイズにかかわらず「オープンアクセス(自由参入)」方式となっている。ヒースロー・エクスプレスハル・トレインなどがそのケースに当たる。

貨物輸送業務[編集]

現在、イギリスでは4つの貨物輸送会社があり、そのうち最大のものはイングリッシュ・ウェルシュ・スコティッシュ鉄道英語版)である。その他にはメンディップ・レイル英語版)などの独立系の小規模貨物輸送会社がいくつかある。コンテナ貨物や、鉱物、金属、石油、建設資材などに特化したインター・モーダル貨物輸送の輸送会社もある。2000年時より80%の増加を期した交通局の「輸送10年計画」にもかかわらず、1950年代より、鉄道による貨物輸送は次第に減少傾向にある。

特に象徴的なのは、2004年より中止したロイヤルメール(イギリス郵政公社)の49両建て貨物列車で、170年の鉄道優先の歴史に幕を下ろし現在は道路輸送にシフトしている。郵便輸送は、W・H・オーデンが詩を書いて映画化された「夜間郵便列車」(Night Mail)を挙げるまでもなく、イギリスの鉄道の長い歴史の一部だった。

高速鉄道[編集]

ロンドン、マンチェスター、バーミンガム、リーズの間に180mph(約289.6km/h)で走行する新たな高速鉄道の計画がある。この計画は2つの政党が支持している。[1]

リース業務[編集]

バージニア・ウォーター駅で停車しているフラゴンセット・ブラック塗装のクラス47ディーゼル機関車2004年4月

鉄道事業の民営化プロセスの際、イギリス国鉄の車両は直接に新しい旅客輸送事業会社か貨物輸送会社に売却されたか、もしくは、鉄道車両を輸送会社にリース、貸出しする3つの車両リース会社 (ROSCOs、rolling stock leasing companies) に売却された。リース事業は、運送会社自体がすべての資産を買収するだけ十分な資金を準備する複雑な手続きを避け資産はリースし業務収入で費用支払いをカバーするという傾向にあるため、運送業界では比較的よく見られるものである。1994年以降、車両の短期リース契約を行う小規模の短期リース会社が順調に成長している。そういった会社の多くが成長しているのは、EWS等の大規模輸送会社が古い機関車を売却しているためである。


車両リース業務会社 (ROSCO)[編集]

短期リース業務会社[編集]

法制度[編集]

イギリスの鉄道は私営である。従って、中央政府の統制下にはないが、政府の権限による経済的ならびに安全上の調整が行われている。

現在の主要な鉄道関連法は以下の通り:

イギリスの鉄道産業構造(英語) も参照のこと。

地域地下鉄及びその他の鉄道会社[編集]

鉄道駅[編集]

イギリスでは、ヴィクトリア朝時代からある駅はたいてい、市街地中心部の周縁部に位置することが多い。主要駅は普通、ロンドンのような大都市にあるが、分岐駅のような形で、小都市に位置する場合もある。また、スウィンドンのように、もともと鉄道が敷かれる前までは単なる小村だったところが、鉄道敷設後に大都市に発展したケースもある。ポーツマスのように、地理的、政治的、または軍事上の観点から、もともとサービスを行っていた都市から遠くに駅が設置された場合もある。旧イギリス国鉄は、約2551駅あった。[2]

鉄道業界[編集]

法定官庁[編集]

軌道信号業務(Network rail and signalling operations)[編集]

他の全英規模の団体(Other national entities)[編集]

地方規模の団体(Regional entities)[編集]

貨物輸送鉄道会社(Freight railway companies)[編集]

自由参入その他の非系列旅客業務会社(Open access operators and other non-franchised passenger operators)[編集]

初期の鉄道会社(1820年代〜1840年代)[編集]

集約化時代(1923年〜1947年)[編集]

1921年鉄道法による集約化時代の「ビッグ・フォー」は:

歴史的な鉄道会社[編集]

イギリスにはかなり保存鉄道と私鉄がある。

脚注[編集]

  1. ^ http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/7641094.stm
  2. ^ 「世界の鉄道」NHK取材班

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]