マイケル・フランクス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マイケル・フランクス
Michael Franks
生誕 (1944-09-18) 1944年9月18日(78歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ラホヤ
ジャンル AORポップ・ミュージックスムーズジャズ
職業 シンガー・ソングライター
活動期間 1973年 - 現在
レーベル ワーナー・ブラザース・レコード
リプリーズ・レコード
ライノ・レコード
公式サイト http://www.michaelfranks.com/

マイケル・フランクスMichael Franks1944年9月18日 - )は、アメリカミュージシャン。独特の囁くようなボーカル・スタイルと、ジャジーで都会的な音楽性により、クワイエット・ストーム・ムーブメントを牽引した。彼は、パティ・オースティンアート・ガーファンクルブレンダ・ラッセルクラウス・オガーマンデビッド・サンボーンなど、さまざまな有名アーティストとレコーディングした。彼の曲は、ゴードン・ハスケルシャーリー・バッシーカーペンターズカート・エリングダイアナ・クラールパティ・ラベルライル・ラヴェットマンハッタン・トランスファーレオ・シドランヴェロニカ・ナンカーメン・マクレエリンゴ・スターらによって録音されている[1]

来歴[編集]

フランクスは、父サーマン、母ヴェラ、2人の妹とともに南カリフォルニアで育った。家族に音楽家はいなかったが、両親はスイングミュージックが好きで、ペギー・リーナット・キング・コールアイラ・ガーシュウィンアーヴィング・バーリンジョニー・マーサーなどに影響を受けた。14歳のときに初めて買ったギターは29.95ドルで買える日本製のMarco Poloで、6回の個人レッスンがついてきたが、彼が受けた音楽教育はこのレッスンだけだった。

サンディエゴのユニバーシティ・ハイスクール時代には、ギターを弾きながらフォークロックを歌い始めた。カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA)で英語を学んでいたマイケルは、デイブ・ブルーベックパティ・ペイジスタン・ゲッツジョアン・ジルベルトアントニオ・カルロス・ジョビンマイルス・デイビスなどの存在を知った。大学以降、音楽を学ぶことはなかったが[2]1966年にUCLAで比較文学の学士号を、1968年オレゴン大学で文学修士号を取得した。モントリオール大学のアメリカ文学の博士課程でティーチング・アシスタントを務めた後、パートタイムで教えるためUCLAに戻ってきた。

この間、フランクスは曲作りを開始。マーク・ハミル主演の反戦ミュージカル『Anthems in E-flat』を皮切りに、ウォーレン・オーツ主演の映画『コックファイター』(1974年)、リブ・ウルマンジーン・ハックマン主演の映画『西部に来た花嫁』(1974年)の音楽も担当した。ソニー・テリーブラウニー・マギーは、アルバム『Sonny & Brownie』に「White Boy Lost in the Blues」など彼の曲を3曲収録している。フランクスはこのアルバムでギター、バンジョー、マンドリンを演奏し、彼らのツアーにも参加した。1973年には、後に「Previous Unavailable」としてリイシューされたアルバムを録音。この作品から"Can't Seem to Shake This Rock 'n Roll"がマイナーヒットを記録した。

1976年、フランクスはセカンドアルバム「The Art of Tea」をリリースし、ワーナー・レコードとの長い関係が始まった。「The Art of Tea」には、クルセイダーズジョー・サンプルラリー・カールトンウィルトン・フェルダーが参加した。3枚目のアルバム「Sleeping Gypsy」(1977年)は、一部がブラジルで録音された。この頃、パーカッショニストのレイ・アルマンドがフランクスにカバサを贈った。カバサは、ギターを弾いていないときにステージで演奏するフランクスの代表的な楽器となった。「Burchfield Nines」(1978年)には「When the Cookie Jar Is Empty」という曲が収録されているが、これはニューヨークへの移住を反映したもので、より東海岸風のサウンドになっている。それ以降、フランクスは15枚以上のアルバムを録音している。

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • 『マイケル・フランクス』 - Michael Franks (1973年) ※1983年に『Previously Unavailable』として再発
  • 『アート・オブ・ティー』 - The Art of Tea (1975年)
  • 『スリーピング・ジプシー』 - Sleeping Gypsy (1977年)
  • 『シティ・エレガンス』 - Burchfield Nines (1978年)
  • 『タイガー・イン・ザ・レイン』 - Tiger in the Rain (1979年)
  • 『N.Y.ストーリー』 - One Bad Habit (1980年)
  • 『愛のオブジェ』 - Objects of Desire (1982年)
  • 『パッションフルーツ』 - Passionfruit (1983年)
  • 『スキン・ダイヴ』 - Skin Dive (1985年)
  • 『カメラ・ネヴァー・ライズ』 - Camera Never Lies (1987年)
  • 『ブルー・パシフィック』 - Blue Pacific (1990年)
  • 『ドラゴンフライ・サマー』 - Dragonfly Summer (1993年)
  • 『アバンダンド・ガーデン』 - Abandoned Garden (1995年)
  • 『ベアフット・オン・ザ・ビーチ』 - Barefoot on the Beach (1999年)
  • 『ウォッチング・ザ・スノー』 - Watching The Snow (2003年)
  • 『ランデヴー・イン・リオ』 - Rendezvous in Rio (2006年)
  • 『タイム・トゥギャザー』 - Time Togehther (2011年)
  • 『ザ・ミュージック・イン・マイ・ヘッド』 - The Music in My Head (2018年)

ライブ・アルバム[編集]

  • 『オーストラリア・ライヴ!』 - Michael Franks with Crossfire Live (1980年) ※マイケル・フランクス with クロスファイア名義

コンピレーション・アルバム[編集]

  • Best Collection 1975-1983 (1983年)
  • 『ベスト・オブ・マイケル・フランクス』 - Indispensable (1988年)
  • The Best of Michael Franks: A Backward Glance (1998年)
  • The Michael Franks Anthology: The Art of Love (2003年)
  • Love Songs (2004年)
  • Michael Franks: Original Album Series (2012年)
  • The Dream 1973-2011 (2012年)

外部リンク[編集]

参照[編集]

  1. ^ Eder, Bruce. “Michael Franks Biography”. AllMusic. All Media Network. 2015年11月17日閲覧。
  2. ^ Franks, Michael (2006年7月). インタビュアー:Baldwin "Smitty" Smith. “Jazz Monthly Feature Interview: Michael Franks”. Jazz Monthly. オリジナルのSeptember 27, 2007時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070927190617/http://www.jazzmonthly.com/artist_ag/franks_michael/interviews/franks_index.html