フセヴォロド2世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

フセヴォロド2世古ルーシ語:Всеволодъ Олговичь、? - 1146年8月1日)はキエフ大公(在位:1139年 - 1146年スヴャトスラフ2世の孫で、チェルニーヒウ公オレグ1世の長男にあたる。母はビザンツ皇女テオファノ。

概要[編集]

1112年にはルーシによるポーロヴェツ遠征に参加。1127年に、叔父のヤロスラフを追放して、チェルニゴフ公になる。ヤロポルク2世死後、キエフ大公位を継いだ弟ヴャチェスラフを追放し、キエフ大公位に就く。彼の死後、大公位を弟のイーゴリに遺した。

子女[編集]

ムスチスラフ1世の娘アガフィヤ(マリヤ)を妻とし、3男2女をもうけた。

先代:
ヴャチェスラフ1世
キエフ大公
22代
1139年 - 1146年
次代:
イーゴリ2世