フェルディナント・ライトナー

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フェルディナント・ライトナーFerdinand Leitner, 1912年3月4日 - 1996年6月3日[1][2]ドイツ指揮者

ベルリンに生まれ、1926年ベルリン音楽大学に入学し、フランツ・シュレーカーに作曲を、ユリウス・プリューヴァーに指揮法を習う。1931年に大学を卒業後は、ゲオルク・クーレンカンプハンス・ホッターなどの伴奏者をしていた。1935年に、イギリスグラインドボーン音楽祭フリッツ・ブッシュのアシスタントをつとめ、実地経験を磨いた。

1943年ノレンドルフ・プラッツ劇場の指揮者となり、指揮者としてのキャリアを本格的にスタートさせた。1947年にはシュトゥットガルト国立歌劇場のオペラ監督になり、1950年からは音楽監督に昇格した。1956年にはエーリヒ・クライバーの後任としてテアトロ・コロンの常任指揮者になっている。1969年から1979年までチューリッヒ歌劇場の音楽監督を務め、1977年から1980年までハーグ・レジデンティ管弦楽団の首席指揮者を歴任した。

ドイツ音楽のスペシャリストで、モーツァルトヘンデル古典派リヒャルト・シュトラウスブラームスブルックナーなどロマン派の作品を得意とし、玄人受けする正統派の音作りで評価された。

1996年チューリヒで没。

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
先代:
ジャン・マルティノン
ハーグ・レジデンティ管弦楽団
首席指揮者
1976 - 1980
次代:
ハンス・フォンク