フィリップ・ベイリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
フィリップ・ベイリー
Philip Bailey
Phillip Bailey.jpg
フィリップ・ベイリー(2000年
基本情報
出生名 Philip James Bailey
生誕 (1951-05-08) 1951年5月8日(69歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 コロラド州デンヴァー
ジャンル R&Bゴスペルファンク
職業 歌手シンガーソングライターミュージシャン音楽プロデューサー
担当楽器 ギターベースキーボードドラムス
活動期間 1969年 -
共同作業者 アース・ウィンド・アンド・ファイアー
公式サイト PHILLIPBAILEY.COM

フィリップ・ジェームズ・ベイリー: Philip James Bailey1951年5月8日 - )は、アメリカコロラド州デンヴァー出身のR&Bソウルゴスペルファンク歌手ソングライターミュージシャン音楽プロデューサーファルセットヴォイスが特徴で、特にアース・ウィンド・アンド・ファイアー(EWF)のメンバーとして知られ、敬虔なクリスチャンでもある。

概要[編集]

フィリップ・ベイリー(2008年

1951年に、父エドワード・アルバーナ・ベイリーと母エリザベス・クロスランドとの間の子として生まれた。

少年時代からアート・ブレイキーマックス・ローチサラ・ヴォーンなどに憧れて、イースト・ハイスクール英語版在学中に音楽を始め、後にともにEWFのメンバーとなる後輩のラリー・ダン英語版とともにミスティック・ムーズを結成して、ソウル・ミュージックジャズを演奏した。その後、メトロポリタン大学デンヴァー校英語版コロラド大学に合格して、コロラド大学に進学した。在学中の1969年から1971年に、地元のバンドのフェニックス・ホーンズのヴォーカリストとドラムスをしていた。

大学卒業後の1972年ロサンジェルスに移り、EWFのリーダーのモーリス・ホワイトにスカウトされて、ラルフ・ジョンソン英語版、ラリー・ダン(後に脱退)とともにEWFに加入した。フィリップはモーリスとともにツイン・ヴォーカリストとして、活躍した。1990年代後半にモーリスがパーキンソン病に罹り、一線を退いてからは彼がEWFの2代目のリーダーとして、モーリスの弟のヴァーダイン・ホワイトとラルフ・ジョンソンとともに、現在に至るステージで統制を執っている。

ソリストとしても活躍しており、イギリスの元ジェネシスフィル・コリンズエリック・ベネイらとデュエットしている。特に、1984年に発表されたフィル・コリンズとのデュエット曲、"Easy Lover"(Chinese Wall収録)は全英1位[1]・全米2位の大ヒットを記録した[2]。また、1986年のソロ・アルバムTriumphグラミー賞最優秀男性ゴスペル・パフォーマンス章を受章した[2]。その他にスティーヴィー・ワンダーホール&オーツとも交流がある。

2回の結婚歴があり、最初は同業のジャネット・ハッチソンと結婚して、後にEWFのバック・ヴォーカリストのクリスタル・ベイリーと結婚するも、2回も離婚した。なお、ジャネットとの間に父とおなじミュージシャンで、現在のEWFのメンバーである息子のフィリップ・ベイリー・ジュニア(ドロン)など、7人の子供を儲けている。娘のピリ・ベイリーも音楽業界で働いている。

現在は、シンガーソングライターのヴァレリー・デイヴィスと3回目の結婚をしている。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

タイトル 発売年 レーベル
Continuation 1983 Columbia Records
Chinese Wall 1985 Columbia Records
The Wonders of His Love 1985 Word Records
Triumph 1986 Word Records
Inside Out 1986 Columbia Records
Family Affair 1989 Word Records
Philip Bailey 1994 Zoo
Dreams 1999 Heads Up
Life and Love 2002 Import
Soul on Jazz 2002 Heads Up

脚注[編集]

[脚注の使い方]

外部リンク[編集]