ナポレオンズ

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ナポレオンズ日本の2人組プロマジシャンである。ステージでのショーを中心に活動を行い、テレビ番組にもたびたび出演している。コミックマジックの範疇に分類されることが多い。日本奇術協会広報委員長。

メンバー[編集]

ボナ植木(ぼなうえき、1952年4月3日 - )
本名・植木 康之(うえき やすゆき)。東京都出身。身長183cm[1]東京都立東高等学校専修大学卒。一般的に(ナポレオンズの)「背の高いほう」「マジックをするほう」「眼鏡してるほう」などとして、氏名ではなく役割や特徴にて認識されている。
子息の啓太は落語家三遊亭好の助2005年夏頃に三遊亭好楽に入門。2006年7月には『ナポレオンズ・好楽W親子会』を行った。
舞台では必要最低限のことしか話さないことがほとんどだったが、最近ではパルト小石のトークにツッコミを入れる様子も見られる。
パルト小石(ぱるとこいし、1952年6月24日 - )
本名・小石 至誠(こいし しせい)。岐阜県出身。身長164cm[1]岐阜県立関高等学校専修大学卒。一般的に(ナポレオンズの)「しゃべるほう」「マジックをしないほう」などとして、氏名ではなくマジックするほうと相対的に認識されている。
「背の低いほう」としても認識されているが、ボナ植木との対比でそう見えるだけであり、極端に背が低いわけではない[1]
自己紹介には「2番目に背の高いほう」「しゃべるほう」「マジックが苦手なほう」が使われる。
一般的な舞台では、簡単なマジックを披露することもあるが、基本的に喋り役に徹している。しかし「人体交換」などの大ネタでは実際にマジックに参加し、単独でもマジックイベントに出演するなどしている。
本名名義で、本を出版している。

概要[編集]

専修大学マジック同好会でコンビを結成。名前の由来は英雄ナポレオン・ボナパルトからだと答えることが多いが、実際はブランデーナポレオン」が由来。コンビ名をどうするか打ち合わせていたとき、偶然目に入ったナポレオンから「ナポレオンズ」をコンビの名前とし、その後2人の芸名をナポレオン・ボナパルト由来のものにしたと言う[2]

1977年に「マジック・ナポレオンズ」としてデビュー。その後、「ナポレオンズ」と改名。のちに、ナポレオンという名を使わせてもらっていることを報告し、その「許可」をもらうためにフランスナポレオン・ボナパルトの墓前を訪ねた話が知られている[3]

当初は「正統派」マジックを演じたが、現在ではギャグを取り入れた形式へ転換。400種を超えるバラエティ豊かなレパートリーで活躍し、1988年FISMハーグ大会にて「グランドイリュージョン部門第3位」に入賞の実績を持つ。そのほかにも国内での受賞歴は多く、大会など様々なイベントへのゲスト出演も多い。

主にパルト小石がトークで盛り上げ、ボナ植木がマジックを行う。有名な芸としては「あったまぐるぐる」「空中浮遊」など。似非手品ともいえる種や仕掛けが分かりきったような芸を披露することもあるが、本格的なマジックも多数披露しており決してお笑いで終わらず、不思議さを保った良質のエンターテインメントである。2002年のデビュー25周年記念に掲げた「たいした芸もないのに四半世紀」など自虐的なフレーズも、ステージをもり立てる一要素となっている。基本的に2人の衣装は長袖だが、ボナ植木は袖をまくってマジックを行う。芸風はパルト小石が1人で喋って盛り上げ、ボナ植木が実際にマジックを行うというスタイルであったが、最近ではボナ植木の発言回数も増えつつある。

「地球が僕らのステージだ!」というキャッチコピーを掲げるが、その言葉通りにアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカでの公演を成功させている。

テレビのバラエティー番組でMr.マリックのトリックを次から次に暴き、Mr.マリックが半泣きになったことがある(念のために記すが、これはトリックを暴かれて追い詰められてMr.マリックが泣いたということではなく、追い詰められて半泣きになるというところまでがテレビ番組上の演出である[4])。 日本テレビの『特命リサーチ200X!』においては、巷間で超能力サイコキネシス)とされている現象のうち奇術で再現できる物がいくつかある事を指摘・実演している。また、前田知洋は、アメリカ留学前にナポレオンズのアシスタントとして働いていたことがある。

万人に受ける芸風で人気は高く、テレビなどで活躍。著書も多く、一般に広く認知されている。

主なネタ[編集]

明らかに種や仕掛けが分かる似非のマジック、ちょっと心得があればトリックの分かる簡単なマジックから、プロでもなければトリックが分かりそうにない大掛かりなものまでさまざまなパターンがある。序盤で簡単なネタを披露し、終盤で本格的なネタをやるのが定番である。

あったまぐるぐる
専用の小道具をパルト小石の頭部にかぶせて回すと頭部がぐるぐると360度以上回転する(ように見える)。途中で道具の回転を止めてもまだ小石の頭が回っているというところで笑いを取る。仕掛けは単純だが小道具を一定速度で回転させるのとそれにあわせて頭をまわすのにはある程度の技術を必要とするもので、不慣れな素人が容易に真似できるものではない。2人のチームワークがあるからこそ可能なネタである[5]。披露する回数が多いため、最近では小道具が登場した瞬間に会場から笑いが漏れることもしばしばだが、それも人気のある証拠ともいえる。しばしば「一度も種を見破られたことがない」という口上で始める。
空中浮遊
「師匠である引田天功 (初代)が教えてくれた唯一の手品」という口上で始める。1人が仰向けになった状態で寝てそこにもう1人が布をかぶせたあと、仰向けになっていたパルト小石やボナ植木の身体が宙に浮く(ように見える)。口上こそ派手だが中身が全然たいしたことのないというギャップを楽しませるギャグ。
黒板
小さな黒板にチョークで文字を書き、黒板を一回転させると文字が本物のロープになるマジック。
紙幣トランプの移動
紙幣やトランプの端を破り、それを証拠品として観客に預けた上で紙幣やトランプを手元から消滅させ、地球儀の裏やオレンジフルーツの断面から出現させる。
切断・串刺し
やや大掛かりな仕掛けを用いて人の体を切断したり串刺しにしたかのように見せる本格的なマジック。主に観客の女性を舞台に上げて行う。締めのネタとしてしばし用いられるが、時間に余裕がないときは省略され他のネタで締めることもある。
ギネス記録に挑戦
5分間でのマジック回数のギネス記録に挑戦するというネタ。ボナ植木が次から次へとマジック(似非マジックを含む)を披露し、パルト小石も合わせて次から次へと解説を行っていく。最後のマジックであったまぐるぐるの小道具が登場し、オチがついて終わる。
人体交換
箱の中に片方が入りもう片方が封をした後、布をかぶるなどして一瞬姿を隠した隙に入れ替わりを行う本格マジック。パルト小石が実際に本格的なマジックを披露する珍しいパターン。
特製ステッカー
マジックなどでアシスタント役を勤めた観客には非売品のナポレオンズステッカーがプレゼントされる。ギャグの一つとして用いられ、たいていの場合何らかのオチが付く。

主な受賞歴[編集]

  • 1988年 世界マジックコンテスト(FISM) グランドイリュージョン部門 第3位
  • 2003年 文化庁芸術祭 演芸部門優秀賞(関東参加公演の部)[6]
  • 2005年 日本クロースアップマジシャンズ協会 JAPAN CUP 2005 マジシャン・オブ・ザ・イヤー[7]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

Vシネマ[編集]

  • 『裏ホラー』(2008年、ジェネオンエンタテインメント) - 本人役

関連項目[編集]

著書[編集]

ボナ植木

  • 書斎がいらないマジック整理術(整理術・生産術の実用書)
  • 魔術師たちと蠱惑のテーブル AからKまで13のトリックストーリー(マジックにまつわる短編小説集)

パルト小石

  • 神様の愛したマジシャン ISBN 978-4198625429(自伝的小説、小石至誠名義)

参考資料[編集]

  1. ^ a b c パルト小石 (2003年10月19日). “「僕に関するウワサ」” (日本語). ライフ・イズ・マジック 種ありの人生と、種なしの人生と。. ほぼ日刊イトイ新聞. 2010年11月27日閲覧。
  2. ^ パルト小石 (2001年6月25日). “「たかが芸名? されど芸名? 」” (日本語). ライフ・イズ・マジック 種ありの人生と、種なしの人生と。. ほぼ日刊イトイ新聞. 2010年11月27日閲覧。
  3. ^ パルト小石 (2000年9月23日). “「みんなでプロ・マジシャンになろう! 」” (日本語). ライフ・イズ・マジック 種ありの人生と、種なしの人生と。. ほぼ日刊イトイ新聞. 2010年11月27日閲覧。
  4. ^ パルト小石 (2000年7月2日). “「超魔術のMr.マリックに嫌われています 」” (日本語). ライフ・イズ・マジック 種ありの人生と、種なしの人生と。. ほぼ日刊イトイ新聞. 2010年11月27日閲覧。
  5. ^ パルト小石 (2010年8月29日). “『33年目の奇跡、ひとり・ぐるぐる!?』” (日本語). ライフ・イズ・マジック 種ありの人生と、種なしの人生と。. ほぼ日刊イトイ新聞. 2010年11月27日閲覧。
  6. ^ 文化庁芸術祭 平成15年(第58回)芸術祭賞一覧
  7. ^ 日本クロースアップマジシャンズ協会 JAPAN CUP 2005

外部リンク[編集]