シロキネの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
シロキネの戦い
ドンバス戦争英語版
EastCorps(cropped).png
シロキネの戦いにおけるウクライナ軍兵士
2015年2月10日-7月3日
(4ヶ月3週2日間)
場所 ウクライナ ドネツィク州シロキネ英語版
結果 分離主義勢力が撤退し停戦[1]
領土の
変化
  • ウクライナ軍がシロキネ、パヴロピル、コミンテルノヴォ[2]及びオクチャブル[3]を確保
  • 分離主義勢力がパヴロピル、Pyshchevyk[4]、ヴォディーン[5]、コミンテルノヴォ、オクチャブル[6]及びシロキネの大部分[7]を奪回
  • ウクライナ軍が再びパヴロピル、Pyshchevyk[8]及びヴォディーン[9]を確保
  • 分離主義勢力はシロキネから撤退。シロキネは戦闘で破壊され[10]、非武装地区となった[11]
衝突した勢力
ウクライナの旗 ウクライナ Flag of Donetsk People's Republic.svg ドネツク人民共和国
指揮官
ウクライナの旗アンドリー・ビレツキー英語版 Flag of Donetsk People's Republic.svg アレクサンドル・ザハルチェンコ
部隊

Ensign of the Ukrainian Armed Forces.svg ウクライナ軍
Flag of the National Guard of Ukraine.svg 国家親衛隊英語版

Flag of the Azov Battalion.svg アゾフ大隊
Flag of the Donbas Battalion.svg ドンバス大隊
Flag of Right Sector.svg 右派セクター
War Flag of Novorussia.svgノヴォロシア連合軍英語版
被害者数
死亡60–70名
負傷200–250名[12][13]
死傷110名[14]

シロキネの戦い(シロキネのたたかい、英語: Shyrokyne standoff)とは、ウクライナ東部紛争ドンバス戦争英語版)中の2015年2月から7月にかけて、戦略的に重要なドネツィク州シロキネ英語版の支配をめぐり、アゾフ大隊率いるウクライナ軍ロシアが支援する分離主義勢力との間で行われた戦いである。シロキネはマリウポリ市境から東に11キロメートルの位置にあった。2015年2月10日、アゾフ大隊は、マリウポリ市周辺のドネツク人民共和国と連携する親ロシア派分離主義勢力を押し返すためにシロキネを奇襲した。シロキネはマリウポリのウクライナ軍占領地域からちょうど10キロメートルに位置しており、分離主義勢力にとってマリウポリ攻撃のための集結地(発進地点)として使われていた。さらにドネツク人民共和国がドネツク市を支配している間、シロキネはドネツィク州の行政の中心地として機能していた。2015年7月3日、ドネツク人民共和国軍がシロキネから撤退して戦いは終結し[15]、同地域で停戦が宣言された。

経緯[編集]

ドンバス戦争中、マリウポリは三度に渡り攻撃を受けていた。2014年5月から6月の戦闘によって、当初、同市は分離主義勢力に占領されたが、その後ウクライナ軍が奪回した(第一次マリウポリの戦い英語版)。2014年9月、分離主義勢力がミンスク議定書調印前に同市を再度奪回しようとして攻撃を仕掛けた[16][17]第二次マリウポリの戦い英語版)。2015年1月24日、分離主義勢力によってシロキネ周辺から多連装ロケットが発射され、マリウポリ中心部のウクライナ支配地域で民間人30名が死亡した(2015年1月マリウポリへのロケット攻撃英語版)。アゾフ大隊に率いられたウクライナ軍部隊は、この分離主義勢力の多連装ロケット攻撃を阻止するため攻勢に出た。

戦況推移[編集]

ウクライナ軍の攻撃[編集]

2015年1月24日、分離主義者によるロケット攻撃が行われた。2月7日、ウクライナ軍は、ドネツク人民共和国がマリウポリを攻撃するために部隊を集結させていると発表した。2月10日、その脅威に反応して、ウクライナ国家親衛隊英語版アゾフ大隊及びその他の義勇兵グループが、街の東の方向、すなわちアゾフ海の海岸線に沿ってノボアゾフスク英語版方面へ攻撃を開始した[18]。ウクライナ政府(第二次ヤツェニュク内閣)によれば、攻撃の目的はマリウポリ周辺の分離主義勢力を排除することによって砲撃を阻止するとともに、ミンスク議定書で画定されたウクライナ領土を奪回することであった[19]。一方で、アゾフ大隊のメンバーは、攻撃の目的は2014年8月にノボアゾフスクの戦い英語版によってドネツク人民共和国に占領されたノボアゾフスクを奪還することであると語った[20]

ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国が戦略的に重要なデバルツェボを攻撃したので、ウクライナ軍はマリウポリ周辺で攻勢に出た。分離主義勢力の人的戦力と物資を強制的に接触線の南に転用させることにより、デバルツェボの圧迫を低減させることも攻撃の目的に含まれていた。ドネツク人民共和国の陣地戦を突破した後、アゾフ大隊はシロキネ、パヴロピル、コミンテルノヴォの町を早急に確保し、ノボアゾフスクの方向へ前進を開始した[2]。アゾフ大隊によれば、ウクライナ国旗がシロキネ、パヴロピル及びオクチャビブルに掲げられた。ウクライナ軍は、シロキネの北東7kmにあるサカンカまで分離主義勢力を押し戻した。ドネツク人民共和国軍はそこに陣地線を構築した[3]。2月11日、ウクライナ軍とドネツク人民共和国軍はサカンカで戦闘を続けていた。ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコによれば、ウクライナ軍のサカンカへの攻勢は「ミンスク覚書に見合うように前線を動かした。」[21][22]

2月12日、ドネツク人民共和国軍の砲兵によってシロキネは激しい砲撃に晒された。アゾフ大隊によれば、分離主義勢力はウクライナ軍の前進を阻止するために全面的に反攻に出て、戦車と砲兵を展開した[23][24]。ウクライナ軍は、その砲撃によってひどい損害を被った。アゾフ大隊によれば、砲迫火力によって「シロキネは一掃された[25]。」その後、アゾフ大隊はサカンカからシロキネへの撤退を余儀なくされ、シロキネはドネツク人民共和国の手に残った。シロキネ周辺が戦闘地域となったため、地元の公安機関はノボアゾフスク地区のウクライナ政府支配地域から全住民をマリウポリへ避難させた[23]

停戦協定後も続く戦闘[編集]

2月12日、新たな停戦協定であるミンスク2が調印された。この協定によれば、2月15日深夜をもってドンバスの全ての戦闘が停止する[26]。しかし、これにもかかわらず、2月16日、シロキネに対するドネツク人民共和国の攻撃によってウクライナ軍兵士の5名が死亡し、22名が負傷した[27]。2月21日までに、分離主義勢力はマリウポリに対する攻撃のために再び部隊を集結させているとウクライナ政府は発表した[28]ウクライナ国家安全保障・国防会議の報道官アンドリー・ライセンコは、ドネツク人民共和国軍が、シロキネ周辺で「政府の防御要領を偵察するために24時間、妨害活動と情報作戦を行っていた。」と語った。サカンカのドネツク人民共和国軍は塹壕を掘り、ベジメン村の集落に作戦基盤を設定した。ウクライナの幹部は、ロシアがドネツク人民共和国を増援するためにノボアゾフスクへ戦車と兵士を送っていると発表した。ロイター通信社の1個チームは、ベジメン村で、ロシア陸軍の識別章と部隊章付き特殊部隊制服を着た男たちを見たと発表した[28]

2月25日、ドネツク人民共和国軍はパヴロピル及びPyshchevykの村々を奪回した。ウクライナ幹部によると、それらの村はミンスク2によって規定された緩衝地帯の中にあったため、ウクライナ軍は占領していなかった[4]ガーディアンはシロキネ内で砲迫と機関銃の応酬による散発的な戦闘が続いていることを報告した。ドンバス大隊の現場指揮官は、部隊が分離主義勢力と交戦しており、対空砲タンクローリーを破壊したと語った。加えて、ウクライナ軍兵士は、シロキネの西に横たわるように、ベルジャンスクに隣接した村に第二線陣地を構築し始めた[4]。2月27日、ドネツク人民共和国軍の重火器がドネツクを出発しマリウポリ方向へ向かっているという報道があり、分離主義勢力によるマリウポリ攻撃の潜在的な懸念は続いていた[29]。次の数日間、散発的な射撃の応酬が続いた。3月9日、大規模な衝突が起こり、ウクライナ軍の発表によれば、ドネツク人民共和国軍はシロキネのウクライナ軍防御陣地に戦車と迫撃砲の火力を発揮した。ウクライナ軍は「ドネツク人民共和国軍はウクライナ軍をシロキネから撤退させようとしている」と発表した[30]。一方でウクライナ軍は陣地線を確保し続けた。3月21日、ドネツク人民共和国軍はシロキネの約30%を何とか奪取した[31]。3月末までに、シロキネの50~60%が戦闘で破壊された[32]

4月5日、軍報道官はTV112chにおいて、シロキネで軍用車両が地雷を踏み、兵士2名が死亡し、1名が負傷した発表した[33]

4月13日、分離主義勢力がマリウポリの東に数kmにあるヴォディーン村を確保したことが確認された。ヴォディーン村はウクライナ軍が撤退し約一ヶ月間、無人地帯となっていた[5]。4月14日、シロキネでロシア人の記者が地雷によって負傷した。このロシア人記者は2月以来ずっと激戦を取材していた[34]。4月16日までに、分離主義勢力はシロキネの大部分を占領した[7]

4月18日、アゾフ大隊のジョージア人の兵士がシロキネ近くの戦闘で死亡した[35]

4月下旬、ドイチェ・ヴェレは親ロシア派武装勢力がシロキネの中心部に陣地を構築しており、欧州安全保障協力機構赤十字社の通行がいつも許可されているわけでは無いことを報道した[36]。4月26日、欧州安全保障協力機構は、2月以来、最も激しい砲撃を観察し[37]、さらに、ウクライナ軍がパヴロピル及びPyshchevykを再び確保したことを報道した。

5月5日、シロキネ内の分離主義勢力による海岸近くのウクライナ軍陣地に対する攻撃は12時間続き、その一時間後、戦車による攻撃が始まった[38]

6月中旬、ウクライナ大統領がマリウポリの陣地戦を訪れたとき、シロキネ近くで戦闘が起こり、兵士1名が死亡し、2名が負傷した[39]

分離主義勢力の撤退[編集]

7月1日、分離主義勢力はシロキネを非武装地区とし撤退すると宣言した。ドネツク人民共和国最高議会議長デニス・プリシン英語版は、「好意と平和の表現として」シロキネからの部隊の撤退を決定したと発表した[40]。7月3日、ウクライナ政府は、分離主義勢力がシロキネから撤退したことを確認した[10]。2015年2月にシロキネを確保するために攻撃を開始したウクライナのアゾフ大隊の指揮官アンドリー・ビレツキー英語版によれば、ドネツク人民共和国が撤退を決断した理由は、ミンスク2協定に従うというよりは、シロキネを保持するために被る損耗が大きかったからである[41]。欧州安全保障協力機構の査察員はドネツク人民共和国がシロキネから引き払われたことを確認し、「シロキネの南西部の一角にある幾つかのウクライナ軍陣地を除いて、シロキネに軍隊は展開していない」と発表した[42]

7月7日、シロキネを占領する勢力は無く。アゾフ大隊は近くの丘に陣地を構築し、分離主義勢力はもう一つの丘まで後退した[43]右派セクターと連携するウクライナ軍戦闘員は、シロキネが非武装地区になったとしても、シロキネからの撤退命令は拒否するつもりであると語った。右派セクターの現場指揮官はシロキネからの撤退はマリウポリへの攻撃を招くと語り、「撤退を命令する者はウクライナの敵である」と発言した[44]

余波、非武装化[編集]

7月29日、アゾフ大隊とドンバス大隊は防御陣地を離れ、正規の海兵隊と交代した。マリウポリ住民はシロキネからドンバス大隊を引き抜くと言う決定を抗議した。住民はその撤退によって、分離主義勢力が砲撃を再開し、シロキネを奪回市に来ることを恐れた[45][46]

8月上旬、ウクライナ、ロシア、欧州安全保障協力機構の代表者はシロキネの非武装化のための青写真の作成に取りかかった。伝えられたところによると。これはマリウポリ住民と義勇兵の反対にあったようだ。しかし、ウクライナ大統領はシロキネの外側の高台にウクライナ軍部隊を残すと発表した[47]。8月中旬、マリウポリの北にあるスタロニャッカで小さな衝突があり、ウクライナ海兵隊兵士2名が死亡した[48]。8月末に、シロキネの非武装化のための交渉が続く中、ウクライナ軍参謀総長は「シロキネに軍事的価値はない」と語った。これは何人かのウクライナの活動家と義勇兵を激怒させた[49]。9月中旬、シロキネは非武装地区となったが、同地には大量の爆発物が遺棄されていたたため、ウクライナ軍は住民の帰還を禁止していた[11]。現在でもウクライナ軍と分離主義勢力の陣地は300メートルしか離れていない[1]

2016年2月25日、ウクライナ軍は分離主義者がシロキネ周辺の全ての陣地を放棄していると主張した。また撤退した分離主義勢力は広範囲に地雷ブービートラップを配置しており、2016年3月現在、ウクライナ軍の爆発物処理班がそれらを処理していると発表した。これに先立ち、欧州安全保障協力機構は、シロキネに民間人が住むことは不可能であるとの声明を出した[50][51][52]

脚注[編集]

  1. ^ a b ウクライナ戦争で荒廃したシロキネは停戦にもかかわらず生き残るために戦っている”. uatoday.tv. 2015年10月26日閲覧。
  2. ^ a b “ウクライナ紛争:戦いはミンスク会談の前に激しく続く”. BBC. (2015年2月10日). https://www.bbc.com/news/world-europe-31357588 2015年2月28日閲覧。 
  3. ^ a b Staff writers; Maxim Tucker (2015年2月10日). “アゾフ大隊はウクライナ軍の反攻の先頭に立つ”. Kyiv Post. http://www.kyivpost.com/content/kyiv-post-plus/azov-battalion-spearheads-ukrainian-counter-offensive-380136.html 2015年2月28日閲覧。 
  4. ^ a b c Alec Luhn (2015年2月25日). “Mariupol, next in the sights of pro-Russia rebels in eastern Ukraine”. The Guardian. https://www.theguardian.com/world/2015/feb/25/mariupol-next-in-the-sights-of-pro-russia-rebels-in-eastern-ukraine 2015年2月27日閲覧。 
  5. ^ a b Silent advances reloaded: Ukraine loses another village East of Mariupol”. Conflict Report. 2015年6月9日閲覧。
  6. ^ ウクライナ戦争マップ。ロシアはウクライナを攻撃 #UkraineUnderAttack”. Map of war in Ukraine. 2015年10月26日閲覧。
  7. ^ a b Allison Quinn (2015年4月17日). “War Heats Up Near Mariupol”. Kyiv Post. http://www.kyivpost.com/content/kyiv-post-plus/war-heats-up-near-mariupol-386406.html 2015年6月9日閲覧。 
  8. ^ 2015年4月21日OSCEウクライナ特別監視任務(SMM)最新情報”. OSCE (2015年4月22日). 2015年10月29日閲覧。
  9. ^ 2015年8月30日OSCEウクライナ特別監視任務(SMM)最新情報”. OSCE (2015年8月31日). 2015年10月29日閲覧。
  10. ^ a b “Rebels withdraw from key frontline village: Kiev”. Daily Star. Agence France-Presse. (2015年7月3日). https://www.dailystar.com.lb/News/World/2015/Jul-03/305035-rebels-withdraw-from-key-frontline-village-kiev.ashx 
  11. ^ a b Residents of Shyrokyne in east Ukraine plea to return home”. UA Today. 2015年10月29日閲覧。
  12. ^ Nolan Peterson (2015年7月7日). “ウクライナ:ロシアに支援された反政府勢力の撤退は本当か?”. Newsweek. http://www.newsweek.com/ukraine-retreat-russian-backed-rebels-real-351077 2015年7月8日閲覧。 
  13. ^ В Широкино с начала зимы в боях погибли 70 бойцов АТО, 200-250 военных получили ранения, - "Азов"
  14. ^ シロキネは無意味な虐殺と新しい戦争の必然性の象徴となった。”. vz.ru. 2016年1月24日閲覧。
  15. ^ “反政府勢力がマリウポリ近くの村の前線から撤退”. Radio Free Europe/Radio Liberty. (2015年7月3日). http://www.rferl.org/content/ukraine-rebels-withdraw-shyrokyne/27108640.html 2015年7月27日閲覧。 
  16. ^ Douglas Busvine; Alessandra Prentice (2015年1月25日). “反政府勢力はウクライナを攻撃的に圧迫する。オバマはロシアが後押しする '攻撃'に対する措置を約束する”. Reuters. https://www.reuters.com/article/2015/01/26/us-ukraine-crisis-idUSKBN0KY0TH20150126 2015年2月2日閲覧。 
  17. ^ Louis Charbonneau; Michelle Nichols (2015年1月27日). “国連:ロシアが支援する反政府勢力によるウクライナの都市マリウポリに対するロケット攻撃は戦争犯罪だ”. Reuters. Business Insider. http://www.businessinsider.com/un-rebel-attack-on-mariupol-a-war-crime-2015-1 2015年2月2日閲覧。 
  18. ^ Pavel Polityuk; Alessandra Prentice; Louise Ireland (2015年2月10日). “ウクライナ軍はマリウポリ近くで攻勢、東部ウクライナ:キエフ”. Reuters. https://www.reuters.com/article/2015/02/10/us-ukraine-crisis-military-idUSKBN0LE0SF20150210 2015年2月28日閲覧。 
  19. ^ “政府はマリウポリ近くで陸軍の反攻を報告”. Kyiv Post. (2015年2月10日). https://www.kyivpost.com/content/ukraine/kyiv-reports-army-counter-offensive-near-mariupol-380164.html 2015年2月28日閲覧。 
  20. ^ “ウクライナのアゾフ連隊はノボアゾフスクへの攻撃を開始していると主張”. Kyiv Post. (2015年2月10日). http://www.kyivpost.com/content/ukraine/ukraines-azov-regiment-claims-to-have-launched-offensive-on-novoazovsk-380117.html 2015年2月28日閲覧。 
  21. ^ “Poroshenko: Ukraine conflict risks spiralling out of control”. The Guardian. (2015年2月11日). https://www.theguardian.com/world/2015/feb/11/leaders-minsk-ukraine-peace-talks-heavy-fighting 2015年7月27日閲覧。 
  22. ^ “Azov Battalion reports fighting for village of Sakhanka”. Kyiv Post. (2015年2月11日). http://www.kyivpost.com/content/ukraine/azov-regiment-reports-fighting-for-village-of-sakhanka-380311.html 2015年3月2日閲覧。 
  23. ^ a b “Militants attack village of Shyrokyne near Mariupol”. Ukrainian Independent Information Agency. (2015年2月12日). http://www.unian.info/war/1043506-militants-attack-village-of-shyrokyne-near-mariupol.html 2015年7月27日閲覧。 
  24. ^ “Heavy fighting underway near Shyrokyne and Sakhanka: enemy's infantry liquidated, attack died out - Azov regiment”. Censor.net. (2015年2月12日). http://en.censor.net.ua/news/324303/heavy_fighting_underway_near_shyrokyne_and_sakhanka_enemys_infantry_liquidated_attack_died_out_azov 2015年7月27日閲覧。 
  25. ^ “Battle under way near Shyrokyne in Donetsk region, many wounded, government forces say”. Kyiv Post. Interfax-Ukraine. (2015年2月14日). http://www.kyivpost.com/content/ukraine/battle-under-way-near-shyrokyne-in-donetsk-region-many-wounded-government-forces-say-380652.html 2015年2月27日閲覧。 
  26. ^ “Minsk agreement on Ukraine crisis: text in full”. The Daily Telegraph. (2015年2月12日). https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/ukraine/11408266/Minsk-agreement-on-Ukraine-crisis-text-in-full.html 2015年2月12日閲覧。 
  27. ^ Defense of Mariupol: Five Ukrainian soldiers killed, 22 wounded in Shyrokyne”. Kyiv Post. 2015年6月9日閲覧。
  28. ^ a b “Pro-Russia rebel build-up near port city alarms Ukraine military”. Reuters. (2015年2月21日). https://www.reuters.com/article/2015/02/21/us-ukraine-crisis-mariupol-idUSKBN0LP0HN20150221 2015年7月27日閲覧。 
  29. ^ Natalia Zinets (2015年2月27日). “Deaths shake Ukraine truce; Poroshenko wary of Russian threat”. Reuters. https://www.reuters.com/article/2015/02/27/us-ukraine-crisis-poroshenko-idUSKBN0LV0SZ20150227 2015年2月27日閲覧。 
  30. ^ “Ukraine says rebels attack near Mariupol, NATO deploys Baltic troops”. Yahoo News. (2015年3月9日). https://news.yahoo.com/ukraine-says-rebels-attack-near-mariupol-nato-deploys-222230352.html 
  31. ^ “Three killed as clashes rumble on in east Ukraine”. Yahoo News. Agence France-Presse. (2015年3月21日). https://news.yahoo.com/three-killed-clashes-rumble-east-ukraine-130516449.html;_ylt=AwrSbmVlnpxV.9AAEI4L5gt.;_ylu=X3oDMTEzaDhvMHVyBGNvbG8DZ3ExBHBvcwMxBHZ0aWQDQVVDMDA3XzEEc2VjA3Ny 2015年7月8日閲覧。 
  32. ^ OSCE says 60% of Shyrokyne buildings destroyed as fighting continues near Mariupol”. uatoday.tv (2015年3月27日). 2015年6月9日閲覧。
  33. ^ “Ukrainian soldiers killed in separatist attacks on anniversary of conflict”. The Guardian. Reuters. (2015年4月5日). オリジナルの2015年4月7日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150407110442/http://www.theguardian.com/world/2015/apr/05/ukrainian-soldiers-killed-separatists-attacks-anniversary-east-uprising-rebels 2015年6月9日閲覧。 
  34. ^ Varenytsia (2015年4月14日). “Highest Death Toll in Eastern Ukraine Since February”. The Huffington Post. 2015年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年6月9日閲覧。
  35. ^ Foreigners Who Fight And Die For Ukraine: Even those killed get no recognition”. Kyiv Post (2015年4月24日). 2015年6月9日閲覧。
  36. ^ Frank Hofmann (2015年4月25日). “Ukraine: No end in sight for the women of Shyrokyne”. Deutsche Welle. http://www.dw.com/en/ukraine-no-end-in-sight-for-the-women-of-shyrokyne/a-18408494 
  37. ^ OCHA - Ukraine - Situation report No.38 as of 1 May 2015 (PDF)”. reliefweb.int (2015年). 2015年5月9日閲覧。
  38. ^ Pro-Russian rebels 'launch 12-hour attack' on Ukraine forces”. Newsweek (2015年5月5日). 2015年6月9日閲覧。
  39. ^ Damien Sharkov (2015年6月11日). “Ukraine's president Poroshenko visits Mariupol trenches”. Newsweek. 2015年7月8日閲覧。
  40. ^ Donetsk People's Republic Announces Demilitarized Zone in Shirokino”. Sputnik (2015年7月1日). 2015年7月28日閲覧。
  41. ^ ru:Азов: Боевики ушли из Широкино из-за больших потерь, а не по доброй воле” [Azov: Rebel militia left Shyrokyne due to large losses, not as the result of good will] (ロシア語). Information Resistance (2015年7月3日). 2015年10月29日閲覧。
  42. ^ 2015年7月2日19:30(キエフ時間)現在の情報に基づく、OSCEウクライナ特別監視任務(SMM)最新情報”. OSCE (2015年7月2日). 2019年3月23日閲覧。
  43. ^ Nolan Peterson (2015年7月7日). “Ukraine: Is the Retreat of Russian-Backed Rebels for Real?”. Newsweek. http://www.newsweek.com/ukraine-retreat-russian-backed-rebels-real-351077 2015年7月9日閲覧。 
  44. ^ “Ukraine's fighters vow to stay in Shyrokyne, key to defending Mariupol”. Kyiv Post. (2015年7月11日). http://www.kyivpost.com/content/ukraine/ukraines-fighters-vow-to-stay-in-shyrokyne-key-to-defending-mariupol-393237.html 2015年7月27日閲覧。 
  45. ^ Allison Quinn; Alyona Zhuk (2015年7月28日). “Pullout from Shyrokyne angers soldiers, stokes fear in Mariupol”. Kiev Post. http://www.kyivpost.com/content/kyiv-post-plus/pullout-from-shyrokyne-angers-soldiers-stokes-fear-in-mariupol-394453.html 2015年7月29日閲覧。 
  46. ^ Locals install tents in Mariupol protesting demilitarization of Shyrokine”. Zik (2015年7月28日). 2015年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月23日閲覧。
  47. ^ Kirill Mikhailov. “The controversial Shyrokyne demilitarization: what you need to know”. Euromaidan Press. 2015年10月26日閲覧。
  48. ^ Vladimir Socor / Eurasia Daily Monitor (2015年8月28日). “Shyrokyne: strategic asset, political symbol on Azov coast”. The Ukrainian Weekly. 2015年10月26日閲覧。
  49. ^ Chief of General Staff sparks outrage with remark Shyrokyne has 'no military value'”. KyivPost. 2015年10月26日閲覧。
  50. ^ ウクライナ軍がシロキネを奪回”. UA Wire. 2019年3月23日閲覧。
  51. ^ Inside Shyrokyne, the Ukrainian resort ravaged by war”. UA Today. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  52. ^ ウクライナの凍結した前線”. Newsweek. 2019年3月23日閲覧。

関連項目[編集]