シルヴァー・スプリングス

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シルヴァー・スプリングス
フリートウッド・マックシングル
A面 オウン・ウェイ
リリース
規格 7インチシングル
録音 1976年
ジャンル ロック
時間
レーベル ワーナー・ブラザース・レコード
作詞・作曲 スティーヴィー・ニックス
プロデュース フリートウッド・マック
ケン・カイラット
リチャード・ダシェット
フリートウッド・マック シングル 年表
セイ・ユー・ラヴ・ミー
b/w
マンデイ・モーニング
(1976年)
オウン・ウェイ
b/w
シルヴァー・スプリングス
(1976年)
ドリームス
b/w
ソングバード
(1977年)
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シルヴァー・スプリングス」(Silver Springs)は、フリートウッド・マック1976年に発表した楽曲。作詞・作曲はスティーヴィー・ニックス

概要[編集]

1976年12月リンジー・バッキンガムが書いた「オウン・ウェイ」のシングルB面曲として発表された。

破局を迎えていた自分自身とリンジー・バッキンガムの間のことを歌った歌である。グループがメリーランド州をドライブしていたとき「メリーランド州シルバースプリング」という標識が彼女の目に入り、そこからインスピレーションを得て本作品は書かれた[1]

スティーヴィーは「シルヴァー・スプリングス」を翌年1977年2月4日に発売されたアルバム『』に収録されることを望んだが、分数が長すぎてアルバムに収まり切らないこと、スローな曲が多すぎることなどを主な理由としてグループから収録を拒否されてしまう[2]。アルバムには代わりに、スティーヴィーが「バッキンガム・ニックス」時代に書いた軽快な「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ノウ」が収録される。彼らの措置に対してスティーヴィーは怒りに震えたと言われている[3][4]

本作品はアルバム収録の問題をめぐって、後年再びメンバー間の軋轢を生んでいる。リンジー脱退後の1990年、アルバム『ビハインド・ザ・マスク』が発売され、プロモーションのためのツアーが行われていた頃のことだった。当時、スティーヴィーは自身のベスト・アルバムの制作中で、翌年1991年9月に発売される『ザ・ベスト・オブ・スティーヴィー・ニックス~タイム・スペース』に本作品を収めることを考えていた。ところがメンバーのミック・フリートウッドは、近々作ることが想定されていたグループのボックス・セットにセールス・ポイントの観点から本作品の収録は欠かせないと考え、スティーヴィーのソロ・ベスト・アルバムへの収録を拒否する。これがためにスティーヴィーはフリートウッド・マックを離れた。

結局、1992年発売のボックス・セット『25イヤーズ・ザ・チェイン』で本作品は初めてアルバムに収録された。

1997年8月19日発売のライブ・アルバムザ・ダンス』収録のバージョンは、第40回グラミー賞の最優秀ポップ・パフォーマンス賞(デュオ/グループ)にノミネートされた。

脚注[編集]

  1. ^ Stevie Nicks on Silver Springs
  2. ^ Caillat, Ken; Stiefel, Steve (2012). Making Rumours the inside story of the classic Fleetwood Mac album. Hoboken, N.J.: John Wiley & Sons. pp. 292–294. ISBN 978-1-118-28286-1. http://www.worldcat.org/title/making-rumours-the-inside-story-of-the-classic-fleetwood-mac-album/oclc/775898199 2016年2月29日閲覧。. 
  3. ^ Classic Albums - Fleetwood Mac - Rumours. Eagle Rock.. (2005年). ASIN B0007GADZE 
  4. ^ Silver Springs by Fleetwood Mac Songfacts