リンジー・バッキンガム

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リンジー・バッキンガム
Lindsey Buckingham
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バッキンガム&マクヴィー - USA・クリーブランド公演(2017年11月)
基本情報
出生名 Lindsey Adams Buckingham
生誕 (1949-10-03) 1949年10月3日(69歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州パロアルト
ジャンル ロック
ポップス
ニュー・ウェイヴ
映画音楽
職業 シンガーソングライターギタリスト音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカルギターベースキーボードドラムス
活動期間 1968年 – 現在
レーベル アサイラム・レコード
ポリドール・レコード
ワーナー・ミュージック
マーキュリー・レコード
リプリーズ・レコード
Mind Kit Records
Eagle Rock Entertainment
アトランティック・レコード
East West Records
共同作業者 フリートウッド・マック
スティーヴィー・ニックス
クリスティン・マクヴィー
公式サイト lindseybuckingham.com
著名使用楽器
Rick Turner Model 1
Chet Atkins CEC
RS6

リンジー・バッキンガム(Lindsey Buckingham、1949年10月3日 - )は、アメリカ合衆国出身のシンガーソングライターギタリスト音楽プロデューサー。アメリカでの発音はバッキンハムである

ロックバンド「フリートウッド・マック」のギタリストとして知られ、ソロ・アーティストとしても精力的に活動している。

1998年、マック名義で『ロックの殿堂』入り[1]ローリング・ストーン誌選出「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」第100位。

経歴[編集]

1947年10月3日、米サンフランシスコ近郊のパロ・アルト生まれ。 7歳からギターを始め、やがて、サイケデリック・バンド「フリッツ」に参加。

長年ペアを組んだスティーヴィー・ニックスと(2004年)

バンド解散後、1967年に加入した同じ高校出身のスティーヴィー・ニックスとデュオ「バッキンガム・ニックス」を結成。1973年には同名のアルバムをリリースするが余り注目を浴びなかった[2]

しかし、2枚目のアルバムを録音中にイギリス出身の人気バンド「フリートウッド・マック」のリーダー、ミック・フリートウッドと出会い、1974年12月にバンドを離れたボブ・ウェルチの後継として1975年1月、ニックスと共にバンドへ加入。

その後、音楽面のリーダーとして『ファンタスティック・マック』『噂』『牙(タスク)』『ミラージュ』等、名作アルバムの制作を支え、ライブツアーにおいても重要な役割を果たす。特に『噂』は、ビルボードにおいて全米アルバム・チャート31週連続でトップを維持し、リンジーも一躍時の人となった。

そんなバンド活動と並行しながら1981年にヒット曲「トラブル」を含む『ロー・アンド・オーダー』、1984年には実験的な『ゴー・インセイン』と2枚のソロ・アルバムを発表。

またこの間、ブライアン・ウィルソンランディ・ニューマンウォーレン・ジヴォン、ボブ・ウェルチ、ドリーム・アカデミーらとのセッションやプロデュースなどの活動も行っている。1985年には豪華な顔ぶれと共にUSAフォー・アフリカに参加し、ウィ・アー・ザ・ワールドのコーラスを担当。

1987年、傑作『タンゴ・イン・ザ・ナイト』リリースと同時に、突如マックを脱退。1992年ソロとして隠れた名盤『アウト・オブ・ザ・クレイドル』を発表するも、長く表舞台に登場しない状態が続く。

1996年フリートウッド・マックは突如、絶頂期のメンバーで再結成ライブを行い、リンジーも復帰し更に鋭さが増したプレイでファンを魅了。1997年ライブアルバム『ザ・ダンス』として発表する。 そして、既に制作していたリンジーのソロ・アルバムを下敷きに、2003年にマックとして新作アルバム『セイ・ユー・ウィル』をリリース。

2006年10月、57回目の誕生日にソロ・アルバム『アンダー・ザ・スキン』を発表。ライブ活動を積極的に行う中、2008年9月に『ギフト・オヴ・スクリューズ』、2011年9月には『シーズ・ウィー・ソウ』と、ソロ・アルバムを続けて発表している。

2017年4月には、クリスティン・マクヴィーとのデュオ名義『Lindsey Buckingham/Christine McVie』を発表[3]

2018年、フリートウッド・マックのスケジュールの相違でバンド側と折り合いがつかず、同4月に脱退の発表[4]。本人は1月に解雇されたと説明した[5]。同10月、不当解雇を理由訴訟を起こしたが、その後バンド側と和解する[6]

2019年初頭、以前から患っていた心臓疾患が悪化し手術を受けるが、その際に声帯の損傷も併発してしまう。完治するまでの療養期間、今後の活動を休止する[7]

家族[編集]

写真家のクリスティン・メスナーと結婚、3人の子供がいる。兄は1968年メキシコオリンピックの水泳200m個人メドレーの銀メダリストのグレッグ・バッキンガム。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

【ソロ】

  • 『ロー・アンド・オーダー』(1981)
  • 『ゴー・インセイン』(1984)
  • 『アウト・オブ・ザ・クレイドル』(1992)
  • 『アンダー・ザ・スキン』(2006)
  • 『Live At The Bass Performance Hall』(2008)
  • 『Gift Of Screws』(2008)
  • 『シーズ・ウィー・ソウ』(2011)

【共作】

  • 『バッキンガム・ニックス』(1973)
  • 『バッキンガム&マクヴィー』(2017)

シングル[編集]

  • 「トラブル」(1981) _Billboard Hot100: 1982年最高位9位
  • 「Holiday Road」(1983)  _Billboard Hot100: 1983年最高位82位
  • 「ゴー・インセイン」(1984)  _Billboard Hot100: 1984年最高位23位
  • 「Slow Dancing」(1984)
  • 「Wrong」(1992)
  • 「Countdown」(1992)
  • 「Soul Drifter」(1992)
  • 「Show You How」(2006)
  • 「Under The Skin」(2006)
  • 「Did You Miss Me」(2008)

サウンドトラック提供[編集]

フリートウッド・マック[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ロックの殿堂入り1998〜フリートウッド・マック/イーグルスほか”. TAPthePOP (2016年10月5日). 2018年6月11日閲覧。
  2. ^ 黄金期FLEETWOOD MACの原型、伝説のデュオ、バッキンガム・ニックス 唯一のアルバムがボーナス・トラックと共に復刻リリース!”. LiveLand (2017年2月18日). 2018年6月11日閲覧。
  3. ^ フリートウッド・マックの黄金期を支えたリンジー・バッキンガムとクリスティン・マクヴィーによる初めてのデュエット作品”. Mikiki (2017年8月18日). 2018年6月11日閲覧。
  4. ^ フリートウッド・マック、リンジー・バッキンガムの脱退を発表”. NME JAPAN (2018年4月10日). 2019年2月12日閲覧。
  5. ^ リンジー・バッキンガム、フリートウッド・マック解雇の瞬間を語る”. BARKS (2018年10月11日). 2019年2月12日閲覧。
  6. ^ リンジー・バッキンガムとフリートウッド・マックの訴訟、和解”. BARKS (2018年10月11日). 2019年2月12日閲覧。
  7. ^ フリートウッド・マックの元ボーカル、心臓手術で声帯損傷”. CNN.co.jp (2019-.02-10). 2019-.02-12閲覧。

外部リンク[編集]