クムホタイヤ

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クムホタイヤ
Kumho Tire Co., Ltd
クムホタイヤ
種類 株式会社
市場情報 韓国取引所073240
ロンドン証券取引所KHTC
本社所在地 大韓民国の旗 韓国
光州広域市光山区魚登大路658
광주광역시 광산구 어등대로 658
設立 1960年
業種 化学
事業内容 タイヤ製造、販売
代表者 キム・ジョンホ
主要株主 青島双星45% 韓国産業銀行23%
外部リンク http://www.kumhotire.co.kr
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クムホタイヤ
各種表記
ハングル 금호타이어
漢字 錦湖타이어
発音 クモタイオ
(クホタイオ)
日本語読み: くむほたいや
2000年式
MR式
英語
Geumho taieo
Kŭmho taiŏ
Kumho Tire Co., Ltd
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クムホタイヤKumho Tire 、錦湖タイヤ、금호타이어)は、中国のタイヤメーカー青島双星の親会社であるDouble Star Group傘下のタイヤメーカーである。1960年に韓国で設立され(クムホは「錦湖」の韓国語読み)、韓国内ではハンコックタイヤネクセンタイヤとシェア争いを繰り広げるタイヤメーカーであったが、錦湖アシアナグループの業績悪化の影響を受け2009年にワークアウト(事業再生法)を申請。その後、中国の青島のタイヤメーカーである青島双星の傘下に入る事となった。

沿革[編集]

  • 1960年 1946年に創業した光州タクシーを基盤[1]に、サムヤン・タイヤ工業として韓国光州市で創業。
  • 1963年 小型乗用車用タイヤを生産開始。米国ユニロイヤル社と技術提携。
  • 1970年 関連会社として、韓国合成ゴム株式会社(後のクムホ石油化学)が設立。
  • 1984年 クムホ産業と合併し、クムホ株式会社と改名。
  • 1988年 クムホグループが新規事業とし、アシアナ航空を設立。
  • 1996年 社名をクムホタイヤ株式会社に改名。
  • 1999年 クムホ建設を傘下に組み入れ、社名をクムホ産業株式会社に改名。
  • 2003年 タイヤ部門がクムホ産業からスピンオフし、新たにクムホタイヤ株式会社設立。
  • 2009年 錦湖アシアナグループの経営破綻を受け、クムホタイヤも事業再生法申請。
  • 2013年 日本大手のタイヤメーカー、横浜ゴム(YOKOHAMAブランド)と技術提携の協議に入ることで基本合意したと発表。
  • 2018年 中華人民共和国のタイヤメーカー、青島双星の韓国子会社が、株式の45%を6463億ウォンで債権者の韓国産業銀行から買収することで合意[3]。激しい労使交渉の中で度重なるストライキに見舞われたが韓国政府の圧力で経営陣と労働組合も同意[4]

日本国内での展開[編集]

クムホタイヤは「JIS」マークの刻印はないが、規格自体は取得済みで、他にも国際標準化機構(ISO)などの認定を取得している。世界的な自動車用品の工業規格であるアメリカのDOT規格やヨーロッパのe規格をクリアしており、純正タイヤとして採用している自動車メーカーも近年では増えている。日本国内でも大手カー用品店・オートバックスが、プライベートブランド扱いでKUMHOブランドの専売タイヤを展開し販売を手がけている。また、地方のカー用品店でも販売を行っている。2011年、韓国メーカーとしては初となるラベリング制度を取得したエコタイヤを発表した。

モータースポーツ[編集]

クムホがタイヤを供給するマスターズF3(2014年)

近年はモータースポーツへ熱心に取り組んでおり、韓国国内で行われてるスーパーレース・チャンピオンシップにタイヤを供給していたほか、ヨーロッパではマスターズF3(2002年~現在)、ユーロF3シリーズ(2011年まで)、AUTO GP(~2015年)など、日本では全日本GT選手権SUPER GT2009年まで)やスーパー耐久などのカテゴリにタイヤを供給していた。しかし2012年時点でこれらの活動は全て中断されており、富士チャンピオンレースなどのアマチュアレースへの支援を行う程度に留まっていた。[5]。2014年より韓国のSUPERRACE CHAMPIONSHIPにタイヤ供給を開始し、モータースポーツへの本格復帰を図っている。

SUPER GT初優勝[編集]

TEAM TAKEUCHIは2006年鈴鹿1000kmのGT300クラスにおいて、クムホタイヤを履いた車として、また、韓国のタイヤメーカーとして初優勝を果たした。

オーストラリアラリー選手権へのタイヤ供給[編集]

2010年、タスマニアで行われたオーストラリアラリー選手権のタイヤサプライヤー(150本程度)を務めたが、タイヤサイズによってコンパウンドが違っており、コントロールタイヤにも関わらずイコールコンディションが保たれていないという前代未聞の事態となった。選手からの不満はもちろん、主催者からクムホに対して多くの疑問が投げかけられたが、わずかな回答しか得られていない。[6]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]