イクター

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イクターあるいはイクター制アラビア語: إقطاع Iqṭā')は、地方官に与えられる給与制度の一種で、徴税権を地方官に委任するという形式のもの。主にイスラーム圏の諸王朝で施行されていた[1]

概要[編集]

アター制で行き詰まりを見せたアッバース朝は、地方官に対する給与を徴税権を与え、その税の中から一定率の金額を与えるという形式へ変更した[1]。これによって地方官は、アッバース朝の中央集権支配から脱することができるようになり、徐々に力をつけていった。

イクター制で力をつけていった地方官が建てた王朝[編集]

サーマーン朝873年 - 999年
イラン系イスラム王朝トランスオクシアナ地方全域の徴税権及び後に支配権をアッバース朝より与えられる。
ハムダーン朝890年 - 1004年
アラブ系イスラム王朝。遊牧民の長ハムダーン家がジャズィーラ地方に建国。アッバース朝の実権を最初に簒奪した王朝。
ブワイフ朝932年 - 1062年
イラン系イスラム王朝。バグダードに入城し、カリフよりイラン地方の支配の正統性を認められた。大アミールという称号を与えられ、後にアッバース朝カリフを傀儡にする。ハムダーン朝と長期にわたり抗争を繰り返したが、ハムダーン朝衰退によって完全に実権を掌握する。
ゴール朝11世紀初 - 1215年
イラン系イスラム王朝。当初の称号はアミールであったが、後にスルターンと改称する。ハールーン・アッ=ラシードによってゴール地方の領主に任命されたのが始まりとされているが、王朝としての開始は11世紀ごろである。勢力が徐々に強大化し、勢力拡大方向を西のバグダード方面ではなくインド方面の東に設定した。1191年北インド全域を支配。

参考文献[編集]

  1. ^ a b 関西学院大学『社会学部紀要 No.36』(1978年3月)に寄稿された春日雅司教授による論文支配構造より見たイスラム社会

関連項目[編集]