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:2008年JR東日本との共同企画により、旧信越本線軽井沢 - 関山間開業120周年記念として、S52編成を2009年3月までの期間限定で[[湘南電車#車両の色|湘南色]]に復元した。同年9月13日・14日に軽井沢 - 長野間で運転する臨時列車「快速リバイバル信州号」を皮切りに、通常ダイヤの列車や臨時列車、団体列車などで運転され、9月15日には「懐かし湘南色169系で行く直江津の旅」、9月20日には「快速リバイバル信州号」による沿線ウォーキングなどが企画された。その後2009年3月末にしなの鉄道色に戻されたが、2010年9月18日に再びS52編成が湘南色に復元され運行を開始した。なお2011年7月1日から保安設備上の理由で篠ノ井 - 長野間への入線が不可能になり、JR車両が代走を行っている。S54編成は2012年1月21日に屋代駅で引退イベントを行い、同年2月2日に長野総合車両センターに |
:2008年JR東日本との共同企画により、旧信越本線軽井沢 - 関山間開業120周年記念として、S52編成を2009年3月までの期間限定で[[湘南電車#車両の色|湘南色]]に復元した。同年9月13日・14日に軽井沢 - 長野間で運転する臨時列車「快速リバイバル信州号」を皮切りに、通常ダイヤの列車や臨時列車、団体列車などで運転され、9月15日には「懐かし湘南色169系で行く直江津の旅」、9月20日には「快速リバイバル信州号」による沿線ウォーキングなどが企画された。その後2009年3月末にしなの鉄道色に戻されたが、2010年9月18日に再びS52編成が湘南色に復元され運行を開始した。なお2011年7月1日から保安設備上の理由で篠ノ井 - 長野間への入線が不可能になり、JR車両が代走を行っている。S54編成は2012年1月21日に屋代駅で引退イベントを行い、同年2月2日に長野総合車両センターに回送された<ref>[http://railf.jp/news/2012/02/05/185900.html しなの鉄道169系S54編成が長野総合車両センターへ] - [[交友社]]『[[鉄道ファン (雑誌)|鉄道ファン]]』railf.jp 2012年2月2日</ref>。 |
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2012年2月7日 (火) 12:41時点における版
しなの鉄道115系電車 | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
略称 | しな鉄 |
本社所在地 |
日本 〒386-0018 長野県上田市常田一丁目3番39号 |
設立 | 1996年5月1日 |
業種 | 陸運業 |
法人番号 | 9100001010566 |
事業内容 | 旅客鉄道事業 他 |
代表者 | 代表取締役社長 浅海猛 |
資本金 | 2,364,450千円(2008年3月31日時点) |
発行済株式総数 | 47,289株[1] |
売上高 | 2,858百万円(2008年3月期)[1] |
営業利益 | 268百万円(2008年3月期)[1] |
純利益 | 137百万円(2008年3月期)[1] |
純資産 | 1,770百万円(2008年3月31日時点)[1] |
総資産 | 6,256百万円(2008年3月31日時点)[1] |
従業員数 | 228人(県からの出向社員2人を含む)(2007年4月1日現在) |
決算期 | 3月31日 |
主要株主 |
長野県 75.36%[1] 長野市 3.98% その他沿線8市町 10.93% 八十二銀行 2.75% その他6金融機関 3.81% 交通事業者4社 2.96% その他 0.21% (2008年3月31日時点)[2] |
外部リンク | www.shinanorailway.co.jp/ |
しなの鉄道株式会社(しなのてつどう)は、長野県にある第三セクター方式による鉄道会社。しなの鉄道線を運営している。
概要
北陸新幹線(長野新幹線)の開業の際に東日本旅客鉄道(JR東日本)から経営移管されることとなった信越本線・軽井沢駅 - 篠ノ井駅間を運営する会社として設立された。この区間はしなの鉄道線となった。
長距離利用客が長野新幹線に転移したことなどにより、開業当初から経営は苦しく、2001年9月の中間決算では累積赤字が24億円以上になり、資本金23億円を上回る債務超過状態に陥った。そのため、同年に、「しなの鉄道経営改革に向けての提言」を策定。2002年6月からは旅行会社のエイチ・アイ・エス(HIS)から杉野正を社長に迎え、退任するまでの2年間に高齢者の乗降介助を行う「トレインアテンダント」やサポーター制度の新設といった経営改革を進めた。開業直後には多くの駅でJR東日本線への連絡乗車券が発売されていたが、2002年に連絡乗車券の発売駅・発売範囲が大幅に縮小され、使用されなくなった発券機は会社の公式ウェブサイトで一般向けに販売された。
杉野の経営手腕により、しなの鉄道は減価償却費前の利益で黒字計上するに至ったものの、2004年には減損会計導入を進めたい当時の長野県知事田中康夫と「上下分離方式」を主張する杉野が対立を起こして社長を辞任した(なおその後、杉野は埼玉高速鉄道の代表取締役に就任し、2007年4月の神奈川県知事選挙に立候補)。その後、スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)の元社長であった井上雅之を社長に迎えて減損会計に踏み切り、その結果、2005年度決算において開業以来の初めて最終損益において黒字を計上するに至った。井上雅之社長の下でも駅構内で宝くじを販売するなどの事業を展開している。
井上は2008年9月30日付で退任し、空席となっていた社長のポストには、2009年6月からJR東日本出身の浅海猛が就任した。JR出身の社長は設立以来初めてで、しなの鉄道が2014年度に予定される北陸新幹線長野 - 金沢間の開業に伴いJR東日本から経営分離される信越本線長野以北の経営主体の候補になっていることをにらんでの起用であると長野県知事の村井仁が示唆している[3]。
かつて存在した信濃鉄道(現在のJR大糸線の一部)とは何の関係もない。
歴史
- 1996年(平成8年)5月1日 設立。
- 1997年(平成9年)10月1日 しなの鉄道線 軽井沢 - 篠ノ井間が開業。
- 1998年(平成10年)12月8日 初ダイヤ改正。快速「しなのサンライナー」運転開始。
- 2001年(平成13年)3月22日 運賃改定(10%値上げ)。JR東日本との乗継割引額を縮小
- 2001年(平成13年)12月1日 ダイヤ改正。
- 2002年(平成14年)3月25日 本社を長野市から上田市に移転。
- 2002年(平成14年)4月1日 滋野駅の業務を有限会社しげのマツバタクシーに委託。
- 2002年(平成14年)7月12日 レールサポーター・トレインサポーター募集開始。
- 2002年(平成14年)9月9日 主要駅や列車に「トレインアテンダント」を配置。
- 2002年(平成14年)10月1日 JR各社との連絡運輸取扱範囲縮小。
- 2002年(平成14年)10月12日 L特急「あさま」復活運転。長野 - 軽井沢間を14日まで3往復(14日は直江津まで)する。
- 2002年(平成14年)12月1日 ダイヤ改正。夕方に快速「しなのサンセット」運転開始。「しなのサンライナー」を「しなのサンライズ」に改称。
- 2003年(平成15年)4月1日 中軽井沢駅の業務を星野リゾートへ委託。
- 2003年(平成15年)10月1日 ダイヤ改正。
- 2003年(平成15年)12月30日 特急「あさま」長野 - 軽井沢間復活運転。午前と午後の2往復。
- 2004年(平成16年)3月13日 ダイヤ改正。
- 2004年(平成16年)7月 全車に液晶モニターを取り付け(1車両3台)車内広告開始。
- 2004年(平成16年)10月16日 ダイヤ改正
- 2004年(平成16年)10月の毎週土曜日 「ぐるっと信州ときめき号」を189系で運転。JRと初の共同企画。
- 2005年(平成17年)2月25日 産業活力再生特別措置法に基づく事業再構築計画が認定。
- 2005年(平成17年)10月1日 上田電鉄発足記念で同社と共同で「ゆぅみぃ土・休日フリーきっぷ」発売。以後毎年秋に発売。
- 2005年(平成17年)12月10日 ダイヤ改正。
- 2006年(平成18年)1月21日 3月20日までの毎日、篠ノ井 - 小諸の各駅から軽井沢駅までを利用する乗客を対象にした往復割引切符「軽井沢“Qっと”往復割引フリーきっぷ」を販売。通常運賃で各駅から軽井沢駅までを往復利用するより、約15%割引の発売額で設定。乗車日から2日間有効で、乗車駅から軽井沢駅までの間は乗降自由。
- 2006年(平成18年)7月1日 「しなの鉄道ファンクラブ」創設。
- 2006年(平成18年)11月 軽井沢・プリンスショッピングプラザで「プラチナバーゲン」にあわせて23、25、26の各日、臨時の「プラチナバーゲン列車」を運行するとともに、バーゲン期間中に利用できるフリー切符を発売。軽井沢-篠ノ井間で1日乗り降り自由で発売額は大人1200円、子供600円。このほかに1000円分の金券と食事券(特別メニューで1600円相当)、ショッピングクーポンブックが付いた「プラチナゆぅみぃ土日フリーきっぷセット」(大人3800円、子供3200円)も販売。
- 2007年(平成19年)3月18日 ダイヤ改正。
- 2007年(平成19年)6月1日 運賃改定(12.5%値上げ。初乗り運賃が160円から180円に)およびJR東日本との乗継割引運賃の割引率を縮小。通年回数券名称「連絡11回数券」を改め「千曲川回数券」に変更。
- 2007年(平成19年)10月1日 全線(軽井沢-篠ノ井)が1日乗り放題となる「開業10周年記念フリーきっぷ」を発売。大人用は1300円で500枚、小人は650円で250枚を販売。
- 2008年(平成20年)3月15日 ダイヤ改正。
- 2008年(平成20年)9月13日 旧信越本線軽井沢 - 関山間開業120周年記念事業として湘南色の169系電車を軽井沢 - 長野間で運転開始(2009年3月まで。詳細は#車両の項参照)。
- 2009年(平成21年)3月14日 ダイヤ改正。
- 2009年(平成21年)5月10日 「ぐるっと信州ときめき号」を485系彩で運転。
- 2009年(平成21年)8月1日 自転車が持ち込めるサイクルトレイン「チャリ電」が軽井沢 - 上田間に2往復初登場。持ち込み料200円。9日まで運転。
- 2009年(平成21年)8月10日・12日 軽井沢-屋代間に「いろどり軽井沢号」を485系彩で運転。
- 2010年(平成22年)3月13日 ダイヤ改正。
- 2010年(平成22年)8月1日 ダイヤ改正。軽井沢駅における長野新幹線との接続改善を目指した実証運行として、軽井沢 - 小諸間で列車を増発。
- 2010年(平成22年)12月4日 ダイヤ改正。
路線
路線についての詳細は下記の記事を参照のこと。
車両
2009年現在保有する車両は、転換の際にJR東日本から譲り受けた国鉄形電車の115系と169系のみである[4]。全ての115系にはドアチャイムが搭載されたほか、各車両のドアの上には液晶ディスプレーを装備し、スポンサー企業のCMが流されている。また、ワンマン運転に対応している。
車両の検査は長野電鉄のグループ会社で屋代駅構内に工場がある長電テクニカルサービスに委託している。
- 115系電車
- 3両編成(S1 - S11編成)11本(33両)が在籍。
- S1:クモハ115-1004+モハ114-1007+クハ115-1004
- S2:クモハ115-1012+モハ114-1017+クハ115-1011
- S3:クモハ115-1013+モハ114-1018+クハ115-1012
- S4:クモハ115-1066+モハ114-1160+クハ115-1209
- S5:クモハ115-1069+モハ114-1166+クハ115-1212
- S6:クモハ115-1002+モハ114-1003+クハ115-1002
- S7:クモハ115-1018+モハ114-1023+クハ115-1017
- S8:クモハ115-1529+モハ114-1052+クハ115-1021
- S9:クモハ115-1527+モハ114-1048+クハ115-1223
- S10:クモハ115-1067+モハ114-1162+クハ115-1210
- S11:クモハ115-1020+モハ114-1027+クハ115-1019
- 169系電車
- 3両編成(S51 - S54編成)4本(12両)が在籍。
- S51:クモハ169-1+モハ168-1+クハ169-27
- S52:クモハ169-6+モハ168-6+クハ169-19
- S53:クモハ169-23+モハ168-23+クハ169-20
- S54:クモハ169-13+モハ168-13+クハ169-13
- 2008年JR東日本との共同企画により、旧信越本線軽井沢 - 関山間開業120周年記念として、S52編成を2009年3月までの期間限定で湘南色に復元した。同年9月13日・14日に軽井沢 - 長野間で運転する臨時列車「快速リバイバル信州号」を皮切りに、通常ダイヤの列車や臨時列車、団体列車などで運転され、9月15日には「懐かし湘南色169系で行く直江津の旅」、9月20日には「快速リバイバル信州号」による沿線ウォーキングなどが企画された。その後2009年3月末にしなの鉄道色に戻されたが、2010年9月18日に再びS52編成が湘南色に復元され運行を開始した。なお2011年7月1日から保安設備上の理由で篠ノ井 - 長野間への入線が不可能になり、JR車両が代走を行っている。S54編成は2012年1月21日に屋代駅で引退イベントを行い、同年2月2日に長野総合車両センターに回送された[5]。
車両導入計画
2両編成または3両編成を数本投入予定ではあるが、実現には至っていない。
169系はかつて置き換えの計画があり、2002年頃に営団地下鉄(現東京メトロ)から5000系を購入する計画があったが財政難で消滅し、2006年度より低コストタイプの新型車両導入に転換(2両編成×5本を3年計画で導入予定)したため、中古車両購入計画は一旦消滅した。しかしその後の経営状況により、新型車両導入もしばらく見合わせると公式ウェブサイトで発表されている。2008年3月21日の取締役会では2008年度に中古車両を軸に導入する計画となっていた。
2009年度に策定された、しなの鉄道「中期経営計画 平成21年度-平成25年度」によると、169系3両編成4本全てを2011年度以降に、「中古車両にて更新する」と明記されている。
車両基地
戸倉駅構内に多数の留置線があり、車両基地となっている。洗浄設備も有する。 また、採石場への引込線を利用している箇所もある。
篠ノ井 - 長野間の譲渡問題
最も集客が見込まれながら、未だに「篠ノ井線の特急列車のダイヤ調節のため」と、JR東日本が経営権を握っている篠ノ井 - 長野間について、しなの鉄道は早期に譲渡するよう求めていた。当時の社長である杉野正は「JRがおいしい所だけ持っていく」と批判していた。[要出典]
一方信越本線の長野 - 直江津間(このうち、長野県内は長野 - 妙高高原間)が2014年の北陸新幹線長野 - 金沢間開業に伴いJRから経営分離されることが決まっているが、これに関して2007年1月4日に 「(軽井沢 - 篠ノ井間と同じく)しなの鉄道という主体が、恐らくは一貫して背負わなきゃならないことに多分なるんだろうと思います」と村井仁知事が発言している[6]。この場合篠ノ井 - 長野間がJR東日本に残り中抜き状態となるため、前記の譲渡問題が再燃する可能性がある。しかしこれには、北長野駅付近にJR東日本の長野総合車両センターがあることや豊野駅から乗り入れる飯山線列車があるため、難しい問題である。現時点では、長野 - 妙高高原間はしなの鉄道、 妙高高原 - 直江津間は同時にJRから分離される北陸本線直江津- 市振間と合わせて第3セクター1社(北越急行とは別の企業)が担当する可能性が高い[要出典]。
2009年6月4日、長野県は、篠ノ井 - 長野間の経営権を得た場合、JR東海の車両を使用して名古屋や大阪方面から運行している特急「しなの」などこの区間に乗り入れるJRの列車との運行調整をしなの鉄道が担うのは難しいことや、県の試算で運賃収入が14億あるドル箱と見ていたこの区間について、長野以北並行在来線対策協議会が同日開いた幹事会で、しなの鉄道の実績を基に人件費や駅管理費といったコストを推計して営業損益を試算したところ、約10億円の赤字が出るとの結果を示したことから、この区間を従来通りJR東日本が運営し、しなの鉄道が同区間に乗り入れる方式を継続することが適当とし、JR東日本に経営権の見直しを求めない方針に転換した[7]。
特記事項
映画・テレビ撮影などの誘致
2005年より、鉄道施設内での映画、テレビドラマ、コマーシャル撮影の誘致を開始し、同年より撮影が行われている。
最近では、NHKドラマ8『七瀬ふたたび』(2008年10月9日 - 12月11日の毎週木曜日夜8時放送)の第1話で、主人公3人が出会うシーンで使用された。
しなの鉄道ファンクラブ
旧称「トレインサポーター」・「レールサポーター」。
- トレインサポーター:車両の保守費用を援助するもの。
- レールサポーター:レールの保守費用を援助するもの。
2006年にはこの二つを発展統合し、「しなの鉄道ファンクラブ」が創設された。 入会金は1万円で、特典として「期間限定フリー切符」「会員証の進呈」「ビアトレイン招待」などがある。
企画列車
しなの鉄道では、前述の「ビアトレイン」や、「初詣列車」などの企画列車を積極的に行っている。