斎藤文彦
斎藤 文彦(さいとう ふみひこ、1962年1月1日 - )は、日本の編集者、ライター、コラムニスト、構成作家、プロレス解説者。東京都杉並区生まれ。アメリカ合衆国のオーガスバーグ大学 (Augsburg College) 教養学部卒、早稲田大学スポーツ科学研究科修士課程修了。
専修大学、帝塚山学院大学、大正大学などで非常勤講師として教壇に立つ(サブカルチャー論、メディア文化論)。妻は、精神科医の香山リカ(事実婚関係)[1]。
来歴
- 1984年6月 - オーガスバーグ大学教養学部卒業。在米中より月刊プロレス、デラックスプロレスのアメリカ駐在記者として活躍[2]。
- 1984年 - 初の単行本「いとしのプロレスinアメリカ」(ベースボールマガジン社)を刊行。
- 1985年 - 帰国。週刊プロレス(週プロ)のスタッフ・ライターとして、海外ものを担当する。一方で、「PRE STAGE(テレビ朝日)」、「地球キャッチミー(朝日放送)」など、テレビ番組の構成作家としても活動。
- 1993年 - 「プロレス大辞典」(小学館)を刊行。
- 1994年 - ゲームソフト「スーパーファイヤープロレスリングSPECIAL」のストーリーモードを監修。週刊プロレスでのコラムをまとめた「テイキングバンプ」(ベースボールマガジン社)を刊行。
- 1995年
- 1998年
- 3月20日 - 週刊プロレスでのコラムをまとめた「ボーイズはボーイズ」(梅里書房)を刊行。
- 7月10日 - 週刊プロレス別冊「アメリカーナ」を刊行。以降、年に約4回のペースで、続刊が出版される。
- 2002年2月 - 「現代思想」(青土社)の臨時増刊「総特集プロレス」に、寄稿。
- 2003年9月 - 「スポーツで楽しむアメリカ英語」(岩波書店)を刊行。
- 2005年10月20日 - プロレス史研究の入門書でもある「アメプロの教科書」(ベースボールマガジン社)を刊行。
- 2007年8月 - 日帰り人間ドックの内視鏡検査で癌が発見され、胃の3分の2と胆のうを切除する手術を受ける。
- 2008年10月25日 - 週刊プロレスでのコラムをまとめた「みんなのプロレス」(ミシマ社)を刊行。
- 現在は、Turnbuckles連載、高山善廣との対談連載、インタビュー記事毎月掲載など、「ゴング復刊」に全面協力。
「SPA!」(扶桑社)「週刊ポスト」(小学館)など執筆活動の場を広げている [3][4]。
人物
あだ名は、「フミ・サイトー」である。WWEがまだWWF名義だった頃から、日本語版のビデオを監修していた。
土居壮アナウンサーとのコンビによる、プロレス実況は「ドイフミ解説」と呼ばれ、人気を博した。
WCWビデオシリーズ、ECW中継など、アメリカの団体の日本語版の解説も務めた。
レッスルマニアには、毎年欠かさず現地取材に行っている。
海外への観戦ツアーでは、案内人の役目も務めた。
レジー・ベネット、ジョン・ロウリネイティスなど、記者という立場を越えて、友人関係にある選手も多い。
大阪にて不定期開催の、トークイベント「斎藤文彦とプロレスを語る夜」に出演。
ネコ6匹&イヌ1匹を飼っている。
2011年に、週刊プロレス連載コラム「ボーイズはボーイズ」が、前身である「USAプロレスリングコラム」から数えて、1000回を突破する。同時に、2011年は、プロレス記者生活を始めて30周年の年でもあった。
2012年度末、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科での研究などをもとに、『プロレスの社会学的考察 ―『スポーツと文明化/興奮の探究』より―』[1]と題する修士論文を執筆、提出および試験の合格などにより、修士(スポーツ科学)の学位を得る。
2014年5月には、KAMINOGEvol.30にて、『そうだったのか! 学べるアメリカンプロレス since 1850s』と題した対談が掲載される。
「ボーイズはボーイズ」終了に関しては、2014年7月30日のニコニコ生放送に斎藤氏自身が出演して見解を話した[5]。
『佐藤編集長から「ぼく(編集長)に対する態度が無礼だから」という理由で年内いっぱい(2014年12月)での打ち切りを通告されるが、その状態で5ヶ月続けたくないとのことで、その場で週プロを辞めた。』とのことであった。
「ボーイズはボーイズ」は「USAプロレスリングコラム」から通算して1173回続く連載であった。
週刊プロレスにおけるコラム連載終了後は、2014年8月5日から日刊SPA!にて「フミ斎藤のプロレス講座」の連載が開始。
2014年9月9日に復刊の第1号「ゴング復刊」(徳間書店)でも連載開始[6]。
2015年、週刊ポスト5月22日号からは、「我が青春のプロレス ~馬場と猪木の50年戦記~」を連載開始。
主な著書
- いとしのプロレスinアメリカ ― 米マット界レポート (ベースボール・マガジン社) (1984/01)
- プロレス大事典 (小学館) (1993/12)
- Taking Bumps テイキング・バンプ ― とっておきのプロレスリング・コラム (ベースボールマガジン社) (1994/05)
- Season's Greetings シーズンズ・グリーティングス ザ・プロレス本 (ベースボールマガジン社) (1995/04)
- DECADE(デケード) 1985~1994 プロレスラー100人の証言集(上下巻) (ベースボールマガジン社) (1995/07)
- BOY ARE BOYS ―ボーイズはボーイズ― とっておきのプロレスリング・コラム (梅里書房) (1998/03)
- ちゃんと元気なトーキョー・ピープル コラム30 (文芸社) (1999/2) ISBN 4-887-37223-X
- スポーツで楽しむアメリカ英語 (岩波アクティブ新書) (2003/9) ISBN 4-007-00085-9
- レジェンド100―アメリカン・プロレス伝説の男たち(ベースボールマガジン社) (2005/02) ISBN 4-583-03836-4
- みんなのプロレス(ミシマ社) (2008/10) ISBN 4-903-90809-7
- 覚悟 ― 人生60年、覚悟が生死をわけた! ― [DVD付](ビジネス社) (2010/3) ISBN 4-828-41568-8 [7]
脚注
- ^ 香山リカ『「だましだまし生きる」のも悪くない』光文社、2011年。ISBN 4334036066。
- ^ 『みんなのプロレス』(ミシマ社)参照
- ^ “フミ斎藤のプロレス講座”. 2014年8月5日閲覧。
- ^ “amazon 斎藤文彦の著書”. 2010年3月5日閲覧。
- ^ 香山リカtwitter2014年7月22日
- ^ 『ゴング』復刊号、コンテンツ紹介金沢克彦オフィシャルブログ 2014年9月4日
- ^ 藤原喜明を追いかけたノンフィクション。海外レスラーを綴ることが多い斎藤の著作の中では異色作。