圏論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。I.hidekazu (会話 | 投稿記録) による 2012年6月2日 (土) 23:37個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

圏論(けんろん、英語:category theory)とは、代数的な構造の変換の自然さを形式化するために導入された理論である。射のクラスである圏とその間の対応である関手、構造の自然さを表す自然変換が主な道具立てである。

概要

有限次元線型空間Vとその二重双対空間V**との間には自然な同型対応があると呼ばれる。現代数学においてはこのような"自然さ(naturality)"と呼ばれる現象が頻繁に現れる。圏論の作られた目的の一つは、自然変換(natural transformation)と呼ばれる射の族を定義することでこの自然さの概念を形式化することであった。なお、自然変換を定義するにあたっては関手(functor)が、関手を定義するにあたっては圏(category)を定義する必要があった。

圏論は抽象数学のすべての部門に適用可能な一般的な概念をもたらす。つまりは、異なる数学分野における規則を一様に扱うという方向性を持った理論である。
普遍的構成(universal construction)ー関手への普遍射、関手からの普遍射、普遍要素の総称ーは、その『異なる数学分野における規則を一様に扱う』ための強力な道具立てである。

定義とその例

圏(category)

圏(category)は、射(morphism,map,arrow)対象(object)と呼ばれる2種の集団からなる。
C の射 f とは、圏 C の対象 A,B の組に対して割り当てられるもので、 A が f のドメイン(domain)、 B が f の余ドメイン(codomain)のとき、f:A → Bと表記される。 また、圏Cの任意の射 f,g について、domain(g) = codomain(f) が成り立つならば f と g の合成(composite) g・f が唯一つ存在する。 なお、合成 h・g と g・f が存在するならば、結合律(associative)すなわち、h・(g・f) = (h・g)・f がいつでも成り立つ。 さらに圏のすべての対象は必ず一つ恒等射(identity morphism)を持つ。対象 B の恒等射とは、ドメインと余ドメインが B の射 1B : B → B のことであり。すべての f : A → B について 1B・f = f 及びすべての g : B → C について g・1B = g が成り立つ。対象は恒等射を便宜上扱い易くするために導入されたものであり、対象を除いて恒等射のみで理論を展開することもできる。

関手(functor)

圏の間の射は関手(functor)と呼ばれる。関手は対象関数(object function)と射関数(arrow function,mapping function)の組からなる。関手 F : CD の対象関数とは、圏 C の各対象 A を圏 D の対象 D = F(A) に割り当てる関数のことであり、関手 F の射関数とは、圏 C の各射 f : A → B を圏 D の射 d = F(f) に割り当てる関数のことである。なお、すべての対象 B について、 F(1B) = 1F(B) が成り立ち、射 f,g について合成 g・f が定義されているときであればいつでも F(g・f) = F(g)・F(f) が成り立つ。

関手の典型的かつ重要な例は共変(反変)hom関手である。
C の対象の組(A,B)に対して、A をドメイン、B を余ドメインとするすべての射 f : A → B のクラス

homC(A,B) = {f | f は C の射 f : A → B}

hom集合(hom-set)と呼ぶ。圏の対象の各組について、hom集合 homC(A,B) が文字通り集合(Setの対象)となるとき、圏 C は局所的に小さい(locally small)と呼ばれる。
ここで、圏 C は局所的に小さいとするとき、対象 A を固定した homC(A,-) は、 C の各対象 B を取りSetの対象 homC(A,B) を返す対象関数と C の各射 k : B → C を取り、 Setの射 homC(A,k) : homC(A,B) → homC(A,C) を返す射関数からなる共変hom関手(covariant hom functor)

homC(A,-) : CSet または、hA : CSet

をもたらす。なお、射 homC(A,k) : homC(A,B) → homC(A,C) は f : A → B に対し、左側から k : B → C を合成した k・f : A → C を割り当てるものであることから、kの左合成(composition with k on the left)などと呼ばれる。
同様に対象 B を固定した homC(-,B) は、反変hom関手(contravariant hom functor)

homC(-,B) : CopSet または、hB : CopSet

をもたらす。このとき、射 homC(g,B) : homC(Z,B) → homC(A,B) は h : Z → B に対し、右側から g : A → Z を合成した h・g : A → B を割り当てるものであることから、g の右合成(composition with k on the right)などと呼ばれる。

自然変換(natural transformation)

関手の間の射は自然変換(natural transformation)と呼ばれる。F : CD 、G : CDを関手とするとき、自然変換 θ : F G とは 圏 C の各対象 A に圏 D の射 θA : F(A) → G(A) を割り当てる関数(族)のことであり、ドメインが A の各射 f : A → B すべてについて自然性(naturality)

θB・F(f) = G(f)・θA

が成り立つもののことである。なお、このとき θA : F(A) → G(A) は A において自然(natural in A)であると言う。
さらに、圏の射 f : X → Y に対して f-1・f = 1X、f・f-1 = 1Y を満たす射 f-1 : Y → X が存在するとき、f は可逆(invertible)であるというが、自然変換 θ の各コンポーネントについて可逆であるとき、 θ は自然同型(natural isomorphism)もしくは自然同値(natural equivalence)と呼ばれる。

自然変換は各対象に対して各コンポーネントを自然さを満たすように定めることで決定される。各コンポーネントの定め方が自明であるならば自然変換は決定されるが、そうでない場合は原則一律に各コンポーネントを定める定理が存在しないため、個別にコンポーネントを定めないことには自然変換を決定させることはできない。ただし、例外として hom関手と任意の集合値関手の間の自然変換については米田の補題により、集合の要素としての恒等射に対応する要素を定めることで自然変換を完全に決定させることができる。

普遍的構成

普遍要素(universal element)

局所的に小さい圏を C とするとき、関手 homC(R,-) : CSet から任意の集合値関手 F : CSet への自然変換 ψ : homC(R,-) F は、自然変換の集合 Nat(homC(R,-),F) と集合 F(R) の間に全単射写像 y が存在するという米田の補題(Yoneda lemma)

y:Nat(homC(R,-),F)  F(R)

から要素 u ∈ F(R) を定めることで決定される。ここで、 ψ が自然同型であるとき、組 <R,u> を普遍要素(universal element)と呼び、x ∈ F(B) である各組 <B,x> に対して、圏 C の射 f : R → B が唯一つ存在し x = F(f)u と表現できる。
当然のことながら、逆に普遍要素を定めることができれば自然同型 ψ が定まり、このとき R を表現対象(representing object)、<R,ψ> を関手 F の表現(a representation of the functor F)、ψによりhom関手で表現することができる関手 F は表現可能関手(representative functor)と呼ばれる。

歴史

1930年代後半から始まるニコラ・ブルバキの数学原論シリーズにおける集合論に基づいた数学の再構成の試みの中では、構造、構造種と普遍性の概念が指導原理として取り上げられている。

参考文献

関連項目