国府津

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国府津
国府津駅 駅舎(2008年3月8日)
国府津駅 駅舎(2008年3月8日)
国府津の位置(神奈川県内)
国府津
国府津
国府津の位置
北緯35度16分48.5秒 東経139度12分41.86秒 / 北緯35.280139度 東経139.2116278度 / 35.280139; 139.2116278
日本の旗 日本
都道府県 神奈川県
市町村 小田原市
地域 川東・南部地域
人口
2018年(平成30年)2月1日現在)[1]
 • 合計 8,431人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
256-0812[2]
市外局番 0465 (小田原MA)[3]
ナンバープレート 湘南

国府津(こうづ)とは、神奈川県小田原市の東部にある地区である。現行行政地名は国府津一丁目から国府津五丁目と大字国府津。郵便番号は256-0812[2]

概要

小田原市の東部、森戸川の河口付近を占め、相模湾に面する。地名は、この地に相模国府の港があったことに由来する。戦前は湘南避暑避寒の地として海を見下ろす丘陵地を中心に政財界人の別荘が置かれた。文人達もよく訪れていた。 隣接地区はすべて小田原市内で、小八幡、前川(飛地も含む)、田島、上町の各地区と接している。

地形は、南部に相模湾。北東部が大磯丘陵、西部が酒匂川低地となっており、湘南の「山と川が織りなす景観を持つ相模川以西地域」とされる境になる。境界は神縄・国府津-松田断層帯による崖になっている。

道路は、南部相模湾沿いに国道1号(旧東海道)、西湘バイパスが東西に走り、西湘バイパスには国府津インターチェンジと下り線の西湘パーキングエリアがある。地区北端を小田原厚木道路が東西に走るが、地区内にインターチェンジはない。県道では、神奈川県道72号松田国府津線神奈川県道717号沼田国府津線が地区西部を走っている。

鉄道は、地区北部を東海道新幹線が横断するが、駅はなく、一部が弁天山トンネルに入っている。南部に東海道本線、西部に御殿場線が走り、地区内にその分岐駅・国府津駅がある。1887年明治20年)に東海道本線が国府津まで開業し、翌1888年(明治21年)に小田原・箱根方面への小田原馬車鉄道(後に路面電車1920年廃止)が開業すると、国府津駅は両者の乗換駅となり、駅前には「国府津館」等の旅館が立ち並ぶようになった。現在でも商店街の一部にその当時の建築物を見ることができる。また、1934年昭和9年)に丹那トンネルが開通するまでは、東海道本線は現在の御殿場線経由で、その急勾配を上るための機関車の増結が国府津駅で行われたため、優等列車の停車駅でもあった。なお、現在のJR東日本国府津車両センターは国府津地区ではなく、隣接する田島地区にある。

現在、西部は工業地帯となっており、日立グローバルストレージテクノロジーズの工場等がある。

世帯数と人口

2018年(平成30年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字丁目 世帯数 人口
国府津 2,542世帯 5,904人
国府津一丁目 110世帯 281人
国府津二丁目 287世帯 668人
国府津三丁目 199世帯 436人
国府津四丁目 205世帯 486人
国府津五丁目 258世帯 656人
3,601世帯 8,431人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

大字・丁目 番地 小学校 中学校
国府津 全域 小田原市立国府津小学校 小田原市立国府津中学校
国府津一丁目 全域
国府津二丁目 全域
国府津三丁目 全域
国府津四丁目 1番1号 小田原市立前羽小学校 小田原市立橘中学校
その他 小田原市立国府津小学校 小田原市立国府津中学校
国府津五丁目 1~6番
8番1号
その他 小田原市立前羽小学校 小田原市立橘中学校

主な施設・名所

脚注

  1. ^ a b 最新の人口と世帯”. 小田原市 (2018年2月14日). 2018年2月21日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月21日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月21日閲覧。
  4. ^ 学区一覧”. 小田原市 (2017年3月27日). 2018年2月21日閲覧。
  5. ^ 神奈川県神社庁/神社検索/菅原神社

外部リンク