人頭税
人頭税(じんとうぜい、poll tax、capitation tax)とは、納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金である。
概要
シカゴ学派などの市場の機能を重視する立場からは、他の税制と比べて市場の機能を歪めることが最も少なく、その点においては理想的であるとされる。また税務調査のコストが他の税制と比べて極めて小さいというメリットもある。
一方、富の再分配を重視する立場からは、所得・消費・資産の状況に関わらず一律に課税することは極めて逆進的であるため問題とされる。また、収入も資産もない人から徴税することは現実的にできないため、少なくとも原則どおりに実施することは困難である。
現代の政府は多かれ少なかれ再分配政策をとっており、2013年(平成25年)現在ではこうした制度を採っている国はない。ただし義務的な社会保険などは実質的な人頭税ではないかとの議論がある。
歴史
古代から封建制にかけての時代には、多くの国で導入されていたが、所得に対して逆進性の強い税制であるため、2014年現在ではほとんどの国で導入されていない。所得が無くてもそこに住んでいるだけで課税される。そのため、困窮した庶民が逃亡したりすることもあった。逆にこれを利用して、特定の民族を排斥する意図で導入されることもあり、19世紀後半のカナダでは増加した中国系の排斥を目的に人頭税を課した事例がある[1]。また、19世紀末から20世紀中頃までのアメリカ合衆国南部では、人種差別目的で人頭税の支払いを投票資格の要件とする州があったが、1964年発効の憲法修正第24条により租税滞納を理由とする投票権剥奪が禁止された。
古代ローマにはカピタティオ・ユガティオス制があり、中世ヨーロッパ、ロシアにも存在。
かつての中国には人頭税に相当する口算や力役があり、均田制においては丁を単位に租庸調が課された。780年の両税法により資産額への課税に移行。
イスラーム諸王朝では、ジズヤ (jizya) が知られている。ジズヤは非ムスリム(イスラム教徒)に対して一定程度の人権の保障の見返りとして課せられるもので、非ムスリムに対しイスラームの優位を誇示する効果があった。非ムスリムがイスラームへ改宗した場合には免除された(ウマイヤ朝時代には改宗した場合でも徴収された)。
1990年にイギリスでマーガレット・サッチャー政権時代に導入された例があるが、国民世論の反発が強く1990年11月22日に辞任する一因となり、1993年に廃止された(イギリスでは個人ではなく家に住民税がかかる)。
2014年にイラクとシリアの一部を実効支配する過激派組織ISILが、支配地域内のキリスト教徒に対して人頭税を要求した事例がある。これは先述のジズヤと絡み、復古的なイスラーム支配を目指すものと指摘された[2]。
日本
日本では、薩摩支配下の琉球王国により宮古島・八重山諸島において「正頭(しょうず)」と呼ばれる15歳から50歳まで(数え年)の男女を対象に1637年から制度化され、年齢と居住地域の耕地状況(村位)を組み合わせて算定された額によって賦課が行われた(古琉球時代説もある)。平均税率が八公二民と言われるこの税制度は、1893年(明治26年)に中村十作、城間正安、下地真牛、西里蒲ら4人により、沖縄本島での官憲や士族らの妨害を乗り越えて、当時内務大臣であった井上馨に国会請願書が届けられた。また、中村の同郷(新潟県)の読売新聞記者増田義一の記事で国民に周知されるところとなり、世論の後押しも受け第8回帝国議会において1903年(明治36年)廃止された[3]。
学者の見解
経済学者のスティーヴン・ランズバーグは「税はほとんど常に善よりも悪である。1ドル徴収するには、誰かから1ドル取り上げなければならない。政策が善より悪をなす方が大きい場合、それは非効率であり嘆かわしいことである。理論的にはエコノミストは誰もが一定額を納税する人頭税が好ましいとするが、現実には非効率の解決策としては極端過ぎると考える」と指摘している[4]。
日本
経済学者の竹中平蔵は人頭税導入に言及しているが、一方で政策的には実現不可能だとも述べている[5]。
国民年金の保険料が実質的に人頭税になっているという批判がある[6]。経済学者の飯田泰之は「日本の国民年金保険料は、経済状況に関係なく決まってしまう。年金システムは逆進的である」と指摘している[7]。
脚注
- ^ 黒沢潤 (2014年4月19日). “中国人コミュニティー動揺 カナダ、富裕外国人への移民プログラム大幅見直し”. 産経新聞 2014年4月29日閲覧。
- ^ “「イスラム国」が殺害示唆、キリスト教徒脱出”. 読売新聞. (2014年7月19日) 2014年7月19日閲覧。
- ^ 高良倉吉「人頭税」(『国史大辞典 15』(吉川弘文館、1996年) ISBN 978-4-642-00515-9)
- ^ スティーヴン・ランズバーグ 『ランチタイムの経済学-日常生活の謎をやさしく解き明かす』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2004年、106頁。
- ^ 『経済ってそういうことだったのか会議』第3章 1999年、日経ビジネス人文庫
- ^ 日本経済「余命3年」第3章 社会保障をどうすべきか PHP研究所 (2011)
- ^ 飯田泰之・雨宮処凛 『脱貧困の経済学』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2012年、99頁。