モナスティル (チュニジア)

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モナスティル
المـنسـتير
Monastir
チュニジアの旗
モナスティルの市章
市章
位置
モナスティルの位置(チュニジア内)
モナスティル
モナスティル
モナスティル (チュニジア)
モナスティルの位置(アフリカ内)
モナスティル
モナスティル
モナスティル (アフリカ)
座標 : 北緯33度55分 東経08度08分 / 北緯33.917度 東経8.133度 / 33.917; 8.133
歴史
設立 1974年6月5日
行政
チュニジアの旗 チュニジア
  モナスティル県
 市 モナスティル
人口
人口 (2014年現在)
  市域 548,828人
その他
等時帯 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1)
夏時間 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2)
ISO 3166-2 TN-52

モナスティルMonastirアラビア語: المـنسـتير‎ ,al-munastîr, ラテン語表記:monasterium, アラビア語チュニジア方言では発音:/lmisti:r/)は、チュニジア北東部の都市。モナスティル県の県都。サヘル地帯にあり、スースの20km南、首都チュニスの162km南にある。伝統的な漁港であり、現在はチュニジア有数の観光地である。人口はおよそ71,546人(2005年)。

歴史

モナスティルの名は、ラテン語のモナステリウム(monasterium、修道院)に由来する[1] · [2]。モナスティルは、フェニキア時代から古代ローマ時代にかけてあったルスピナの都市の廃墟の上に建設された。アラブ人が最初イフリーキーヤに植民地を建設した際、ケルアンスースとともにその一部を構成した。市内には保存状態の良いリバートがあり、かつては敵国の船がいないか海を監視する場所であった。幾人かのウラマーが、瞑想にふけるためこの平穏な都市のリバートに滞在するためやってきた。リバートは、モンティ・パイソンの映画『ライフ・オブ・ブライアン』の撮影場所にもなった。

交通

モナスティルにはモナスティル・ハビーブ・ブルギーバ国際空港があり、西欧諸国との国際線がある。

その他

メディナの北側に広大なシーディ・マザリ墓地があり、マークリ派法学者のマーザリーが埋葬されていることからその名がついている。 これに隣接して金色のドームをもつブルギーバ廟かがある。ブルギーバ大統領一族を祭る墓として、1963年に建設された。チュニジア初代大統領ハビーブ・ブルギーバはモナスティル出身で、彼の霊廟はこの地に建てられている。

姉妹都市

ギャラリー

脚注

  1. ^ Giovanna Magi et Patrizia Fabbri, Art and History : Tunisia, éd. Casa Editrice Bonechi, Florence, 2008, p. 41
  2. ^ Heinz Halm et Michael Bonner, The empire of the Mahdi, partie 1, vol. XXVI, éd. Brill, Leyde, 1996, p. 221

外部リンク

座標: 北緯35度47分 東経10度50分 / 北緯35.783度 東経10.833度 / 35.783; 10.833