アンチヒーロー
アンチヒーロー(英: antihero)あるいは 漢字で反英雄(はんえいゆう)[1]、ダークヒーローは、フィクション作品における主人公または準主人公の分類のひとつ。女性だとアンチヒロイン(英: antiheroine)。常識的なヒーロー像である「優れた人格を持ち、社会が求める問題の解決にあたる」という部分から大きく逸脱していることが多い[2]。典型的なヒーローの型とは異なるが、ヒーローとして扱われる[2]。
概要
アンチ・ヒーローは、物語の主要人物だが、理想が高く、勇気があり、道徳的であるようなヒーロー的な性質を持たない者をいう。
ブリタニカ百科事典では以下をアンチヒーローの例に挙げて説明している[3]。
- 『ドン・キホーテ』(ミゲル・デ・セルバンテス)のドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ
- 『トム・ジョーンズ』(ヘンリー・フィールディング)のトム・ジョーンズ
- 『土曜の夜と日曜の朝』(アラン・シリトー)のアーサー・シートン
ライトノベル作法研究所の著作『キャラクター設計教室: 人物が動けばストーリーが動き出す!』では、アルセーヌ・ルパンをアンチヒーローの有名な例として挙げている[2]。また、アンチヒーローの大まかな区分として以下の9つ、およびこれらの複合に当てはまると述べている[2]。
- 自分自身の目的を達成するためには、手段を選ばない。
- 復讐を目的とし、自身の行為が悪行であると理解しながら、非合法な手段を採る。
- 社会から求められている正義を成すために、非合法な手段を採る。
- 性格が人格者とは言い難い。行動様式に人格者とは考え難いものがある。
- 法律や社会のルールよりも、自分自身で定めた「掟」を優先し、「掟」に従う。
- 外観や能力が本来的には「悪」に属するものを源とする。
- 行為も目的も悪であるが、一部の生き方などが読者や視聴者の共感を呼ぶ。
- ストーリーの主たる部分で称賛される行動を採るが、普段は侮蔑されるような行動をしている。
- 現状の体制が良い物だとは考えておらず、反体制の姿勢を選択する。
歴史
『メリアム=ウェブスター大学辞典』によれば、アンチ・ヒーローという語は1714年から使用されている[4]。
アンチヒーローに類する登場人物は古代ギリシアの演劇の中にも見ることができ、世界中の数多くの文学作品の中に登場している[3]。紀元前3世紀にロドスのアポローニオスによって書かれた叙事詩『アルゴナウティカ』のイアーソーンとアルゴナウタイは、他のギリシアの物語に登場する英雄たちよりも臆病で受動的であり、アンチヒーローであると分類する説がある[5]。ローマの風刺、ドン・キホーテなどのルネサンス文学、そしてピカレスク小説[6]にもアンチ・ヒーローが見られる。
18世紀には、ロマン主義ヒーローの一形態であるバイロン的ヒーローはアンチ・ヒーローであるとされた[7]。
19世紀のロマン主義文学では、主人公や主要人物が善悪の両面とも持ち合わせるなど[8] 、新しいアンチ・ヒーロー像が多く登場する[9][10]。フョードル・ドストエフスキーの地下室の手記では、アンチ・ヒーローを社会批判として用いる手法が確立されている[11]。
アメリカ文学では、ハックルベリー・フィンの冒険が最初のアンチ・ヒーローであるとされる[12]。
20世紀の実存主義文学では、アンニュイで、不安や苦悩、疎外感に悩まされる、優柔不断な主人公像が顕著である[13]。例えば、フランツ・カフカの変身、ジャン=ポール・サルトルの嘔吐、アルベール・カミュの異邦人など。
1950年代には、ジャック・ケルアックやノーマン・メイラーなどのビート・ジェネレーション作家やフィルム・ノワールなどでもアンチ・ヒーローが重要な役割を果たすことが多い。
脚注
- ^ 株式会社平凡社『世界大百科事典』第2版. アンチ・ヒーロー. コトバンクより2022年9月29日閲覧。
- ^ a b c d ライトノベル作法研究所『キャラクター設計教室: 人物が動けばストーリーが動き出す!』秀和システム、2012年、258-259頁。ISBN 9784798033051。
- ^ a b “antihero”. Encyclopædia Britannica (2013年2月14日). 2017年12月6日閲覧。
- ^ “Antihero”. Merriam-Webster Dictionary (2017年11月23日). 2017年12月6日閲覧。
- ^ Haggar, Daley (1996). "Review of Infinite Jest". Harvard Advocate Fall 96.
- ^ Halliwell, Martin (2007). American Culture in the 1950s. Edinburgh: Edinburgh University Press. p. 60. ISBN 9780748618859
- ^ “Literary Terms and Definitions B”. Dr. Wheeler's Website. Carson-Newman University. 2014年9月6日閲覧。
- ^ Lutz, Deborah (2006). The Dangerous Lover: Gothic Villains, Byronism, and the Nineteenth-century Seduction Narrative. Columbus: Ohio State University Press. p. 82. ISBN 9780814210345 2015年4月20日閲覧。
- ^ Alsen, Eberhard (2014). The New Romanticism: A Collection of Critical Essays. Hoboken: Taylor and Francis. p. 72. ISBN 9781317776000 2015年4月20日閲覧。
- ^ Simmons, David (2008). The Anti-Hero in the American Novel: From Joseph Heller to Kurt Vonnegut (1st ed.). New York: Palgrave Macmillan. p. 5. ISBN 9780230612525 2015年4月20日閲覧。
- ^ Steiner, George (2013). Tolstoy Or Dostoevsky: An Essay in the Old Criticism. New York: Open Road. ISBN 9781480411913
- ^ Hearn, Michael Patrick (2001). The Annotated Huckleberry Finn: Adventures of Huckleberry Finn (Tom Sawyer's Comrade) (1st ed.). New York: Norton. p. xvci. ISBN 0393020398
- ^ Brereton, Geoffery (1968). A Short History of French Literature. Penguin Books. pp. 254–255