地下室の手記

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地下室の手記』(ちかしつのしゅき、原題:Записки из подполья)は、フョードル・ドストエフスキーの小説。1864年、雑誌『エポーハ』に掲載。直訳は『地下生活者の手記』(ちかせいかつしゃのしゅき)であり、中村融訳や米川正夫訳はこの題で出版された。現在は江川卓の訳で知られる。他に安岡治子訳(光文社古典新訳文庫、2007年)がある。

作品の概要[編集]

極端な自意識過剰から一般社会との関係を絶ち、地下の小世界に閉じこもった小官吏の独白を通して、理性による社会改造の可能性を否定し、人間の本性は非合理的なものであることを主張する。しかし、19世紀半ばの当時、ダーウィニズムの流布を背景に社会を席巻しつつあったアングロサクソン流の功利主義的に対する主人公の論駁はあくまでも論理的であり、原作を一読した編集者はドストエフスキーに対し、「もっとこういうものを書いてくれ」と要請した。

人間の行動と無為を規定する黒い実存の流れを見つめた本書は、初期の人道主義的作品から後期の大作群への転換点をなし、ジッドによって「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と評された。

本作は「地下室」と「ぼた雪に寄せて」 の二部構成になっている。

背景[編集]

本書の発表されたのは1864年のことである。ドストエフスキーは1862年に初の西欧(パリ、ロンドン)旅行を行い、翌1863年に再び西欧を訪れている。この頃のドストエフスキーの西欧外遊についてはゴシップやルーレットによる蕩尽などが語られることがもっぱらである。しかし、当時の西欧は、英国の生物学者、チャールズ・ダーウィンによる『種の起源』公表(1859年)に端を発する大論争の最中であり、フランスではエルネスト・ルナンによるキリストの「人間宣言」(1862年)が問題になっていた。これら西欧を覆わんとしている世俗化の大波を間近に観察したことが、ドストエフスキーに少なからぬ影響を与えたことは可能性としては考えられるであろう。

本項の引用文献[編集]

関連項目[編集]