罪と罰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ラスコーリニコフとマルメラードフ(1874年版の挿絵)

罪と罰』(つみとばつ、ロシア語: Преступление и наказание, 1866年)は、ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの長編小説で代表作。1866年に雑誌『ロシア報知英語版』(: Русскій Вѣстникъ)に連載。『カラマーゾフの兄弟』、『白痴』、『悪霊』、『未成年』と並ぶ、後期五大長編小説で最初に出された。「現代の預言書」とも呼ばれ[要出典]、ドストエフスキーの実存主義的な考え方を垣間見ることができる[誰によって?]

概要[編集]

頭脳明晰ではあるが貧しい元大学生ラスコーリニコフが、「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」「選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ」という独自の犯罪理論をもとに、金貸しの強欲狡猾な老婆を殺害し、奪った金で世の中のために善行をしようと企てるも、殺害の現場に偶然居合わせたその妹まで殺害してしまう。この思いがけぬ殺人に、ラスコーリニコフの罪の意識が増長し、苦悩する。しかし、ラスコーリニコフよりも惨憺たる生活を送る娼婦ソーニャの家族のためにつくす徹底された自己犠牲の生き方に心をうたれ、最後には自首する。人間回復への強烈な願望を訴えたヒューマニズムが描かれた小説である[誰によって?]

一般には、正当化された殺人、貧困に喘ぐ民衆、有神論と無神論の対決などの普遍的かつ哲学的なテーマを扱い、現実と理想との乖離や論理の矛盾・崩壊などを描いた(すなわち、当時広まった社会主義思想への批判でもある)思想小説の類に属するとされる[誰によって?]。 一方で、老婆殺しの事件を追及する予審判事ポルフィーリィに追いつめられたラスコーリニコフが鬼気迫る勢いで反論する、彼との三度に渡る論戦はさながら推理小説であり、翻訳を手がけた江川卓は『刑事コロンボ』のような倒叙ミステリーの様相を呈していると語っている[要出典]

執筆の背景[編集]

執筆時期における作者のおかれた状況[編集]

政治犯としての刑期を終え、シベリアから帰還したドストエフスキーを待っていたものは度重なる不幸であった。病床に臥した最初の妻マリアの看病はドストエフスキーを疲弊させ、ポリーナ・スースロワとの不倫関係を持つきっかけとなった。ドストエフスキーは妻マリアを差し置いてポリーナとのイタリア旅行を画策するが、一足先に旅立っていたポリーナは寂しさにかられて他人に身を任せ、ドストエフスキーを落胆させた。それでもドストエフスキーは持ちこたえ、彼女とイタリア旅行に向かうが、その直前にヴィスバーデンで大勝していたこともあって、行く先々でルーレットに大金をつぎ込み、ポリーナにも愛想を尽かされる。さらに、妻マリヤと実の兄ミハイルが相次いで世を去り、ミハイルが創刊した雑誌『世紀』も廃刊に追い込まれ、莫大な借金だけが残された。新作『地下室の手記』も評価されず、失意のうちにあったドストエフスキーは悪徳出版業者ステロフスキーとの間に無謀な契約を交わし、それによって前借りした3000ルーブルを当座の借金の返済にあて、残った金を元手に再びヴィスバーデンに赴いた。しかし彼はここでも大負けし、ホテルから蝋燭の提供さえ拒否されるという窮地に陥った。このような状況の中で『罪と罰』初稿の執筆が開始されたのである。同年10月に友人の協力で帰国。翌1866年1月、雑誌『ロシア報知』にて連載を開始し、同年12月に完結した。なお、トルストイの『戦争と平和』とは連載時期を同じくしている。

また、ドストエフスキーはステロフスキーとの契約に従い、長編をもう一本書く必要があった。この時に書かれた『賭博者』は当時最新の速記を活用して僅か26日間で仕上げられ、『罪と罰』の終結部の一部も速記を用いて執筆されている[1]

執筆の経過[編集]

ヴィスバーデンで書かれた『罪と罰』の初稿は一人称形式で、ドストエフスキーの言によれば「ある犯罪の心理報告書」となるべきものだったが、登場する人物は限られていた[2]。一方、この構想が生まれる以前にドストエフスキーは『酔いどれ』と称する中編小説の構想を持っており、実際に出版社に売り込みをかけたこともあった[2] 。やがてこの『酔いどれ』が『罪と罰』に統合され、マルメラードフ一家やスヴィドリガイロフなどの重要なキャラクターが『罪と罰』に導入されることになった[3]。このときはまだ一人称形式が保持されていたのだが、連載開始を目前にしてドストエフスキーはそれまでの草稿を破棄し、第三者視点による物語に改めた[4]

小説のモデル[編集]

本作執筆のきっかけとなったのは、1865年1月にモスクワの商人の息子でラスコーリニキ(分離派信徒)のゲラシム・チストフが金品略奪を目的に二人の老婆を殺害した事件である。ヴィスバーデンにいたドストエフスキーはこの事件を『声』紙に掲載された速記録で知ることになった[5]。連載中、本作品の粗筋に類似点の多い学生の手による事件が起きて世を賑わし、ドストエフスキーは大いに興奮したと伝えられている[要出典]。この時、ドストエフスキーは自らの観察眼について大いに自慢げであった。

ほとんど時を同じくして1866年4月4日ドミトリイ・カラコーゾフロシア語版英語版による初の皇帝アレクサンドル2世暗殺未遂事件が起きた時には、驚愕して言葉を失い身を震わせたという。カラコーゾフは主人公と似た境遇にある活動家であり、主人公が往来で大声で独り言を続ける半狂人として扱われているのと同じように、「死にたい」という口癖を持つ、精神科に通う病んだ若者であった[要出典]

1879年には、カラコーゾフをモデルとする『カラマーゾフの兄弟』が書かれた。1881年2月9日にドストエフスキーは死去したが、直後の3月13日イグナツィ・フリニェヴィエツキ英語版によってアレクサンドル2世は暗殺された。

あらすじ[編集]

帝政ロシアの首都、夏のサンクトペテルブルク、学費滞納のため大学から除籍された貧乏青年ラスコーリニコフは、悪名高い高利貸しの老婆アリョーナから借りた金を、貧乏なため娘が娼婦になったと管を巻く酔っ払いのマルメラードフに与えてしまい、その翌日、かねてからの計画どおり、アリョーナを斧で殺害し、金を奪う。しかしそこにアリョーナの義妹も入ってきたので勢いでこれも殺してしまう。

翌朝ラスコーリニコフは、下宿の女中が「警察に出頭せよ」との命令書を持ってきたので慄くが、行ってみると借金の返済の督促であった。しかし、刑事達が昨夜の老婆殺しの話をしているので失神する。ラスコーリニコフは盗品を空き地に隠し、罪の意識、幻覚、自白の衝動などに苦しみ始めることとなる。様子が変だと思った友人のラズミーヒンがラスコーリニコフを訪問してきたところに、母から手紙で知らされていた妹の婚約者のルージンが現れる。成金のルージンを胡散臭く思ったラスコーリニコフはこれを追い出す。そんなときラスコーリニコフはマルメラードフが馬車に轢かれたところに出くわす。介抱の甲斐なくマルメラードフは死ぬ。もう一度マルメラードフの家に金を置いて下宿に戻ると、郷里から母と妹のドゥーニャが来ていた。ラスコーリニコフは罪の意識のためその場に倒れる。

母は、息子の無礼にルージンが怒っていることを心配していた。予審判事のポルフィーリは、ラスコーリニコフが2ヶ月前雑誌に発表した論文の「選ばれた未来の支配者たる者は古い法を乗り越えることができる」というくだりは殺人の肯定であり、あなたはそれを実行したのではないかと探りを入れて来る。なんとかポルフィーリの追求をかわしたラスコーリニコフだが、下宿の前で見知らぬ男から「人殺し」と言われ立ちすくむ。しかし「人殺し」という言葉は幻覚で、見知らぬ男はラスコーリニコフに用があったのだった。

スヴィドリガイロフと名乗ったその男は、ドゥーニャが目当てで、ルージンとドゥーニャの結婚を一緒につぶそうと持ちかけてくる。ラスコーリニコフはこれを追い返すが、図らずとも恩着せがましさがばれたルージンは、ラスコーリニコフ一家に総すかんを食い、妹の結婚は破談となる。ラスコーリニコフは、マルメラードフの娘で娼婦であるソーニャのところへ行き、聖書の朗読を頼んだり、君と僕は同類だと言って、ソーニャを不安がらせる。そして再びポルフィーリと対決するが、その横で、事件当日そこにいたペンキ屋が、自分が犯人だとわめき出したので驚きながらも解放される。

マルメラードフの葬式後の会食で、同じアパートに逗留していたルージンの策略により金銭泥棒に陥れられたソーニャを追いかけてラスコーリニコフは、ついに彼女に、殺人の罪を告白する。しかしこれを隣の部屋に居たスヴィドリガイロフが聞いていたのだった。

ポルフィーリが三たび現れて、ペンキ屋でなく、お前が犯人だと主張する。一方スヴィドリガイロフは、ラスコーリニコフの罪をネタに、ドゥーニャに結婚を迫っていた。ドゥーニャはスヴィドリガイロフのところへ来るが、結局結婚を拒絶したので、スヴィドリガイロフは自殺する。とうとう罪の意識に耐えられなくなったラスコーリニコフは母に別れを告げる。何か恐ろしいことが起こっただけを悟る母。ドゥーニャの顔はすべてを知っていた。ラスコーリニコフは自殺を考えていたが、ソーニャの力を借りて、自首する。

登場人物[編集]

ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフロシア語版英語版 (ロージャ)
孤独な主人公。学費滞納のために大学から除籍され、ペテルブルグの粗末なアパートに下宿している。
ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ (ソーニャ、ソーネチカ)
マルメラードフの娘。家族を飢餓から救うため、売春婦となった。ラスコーリニコフが犯罪を告白する最初の人物である。
ポルフィーリー・ペトローヴィチ
予審判事。ラスコーリニコフを心理的証拠だけで追い詰め、鬼気迫る論戦を展開する。
アヴドーチヤ・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ (ドゥーネチカ、ドゥーニャ)
ラスコーリニコフの妹。美しく芯の強い、果敢な娘。
兄や母の事を考え裕福な結婚をするため、ルージンと婚約するが、ルージンの横柄さに憤慨し、破局する。
以前家庭教師をしていた家の主人スヴィドリガイロフに好意を持たれている。
アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ
ドゥーニャを家庭教師として雇っていた家の主人。ラスコーリニコフのソーニャへの告白を立ち聞きする。
マルメラードフの遺児を孤児院に入れ、ソーニャと自身の婚約者へは金銭を与えている。
妻のマルファ・ペトローヴナは3,000ルーブルの遺産を残して他界。
ドミートリィ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン
ラスコーリニコフの友人。ラズミーヒンと呼ばれる。変わり者だが誠実な青年。ドゥーニャに好意を抱く。
セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ
居酒屋でラスコーリニコフと知り合う、飲んだくれの九等官の退職官吏。ソーニャの父。
仕事を貰ってもすぐに辞めて家の金を飲み代に使ってしまうという悪癖のため、一家を不幸に陥れる。最期は馬車に轢かれ、ソーニャの腕の中で息を引き取る。
カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ
マルメラードフの2人目の妻。良家出身で、気位が高い。肺病と極貧にあえぐ。夫の葬儀はラスコーリニコフの援助によって行われた。
ポーリナ・ミハイローヴナ・マルメラードワ (ポーリャ、ポーレンカ)
マルメラードフの娘。ソーニャの妹。
アマリヤ・フョードロヴナ(イワーノヴナ、リュドヴィーゴヴナとも)・リッペヴェフゼル
マルメラードフ一家に部屋を貸している大家。
プリーヘヤ・アレクサンドロブナ・ラスコーリニコワ
ラスコーリニコフとドゥーニャの母。
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン
7等文官の弁護士。45歳。ドゥーニャの婚約者。ドゥーニャと結婚しようとするが、ドゥーニャを支配しようとする高慢さが明らかになり、ラスコーリニコフと決裂し、破局する。
ラスコーリニコフへの当て付けにソーニャを罠にかけ、窃盗の冤罪をかぶせようとするが失敗する。
アンドレイ・セミョーノヴィチ・レベジャートニコフ
役人。ペテルブルグでルージンを間借りさせている。ルージンのソーニャへの冤罪を晴らした。
アリョーナ・イワーノヴナ
高利貸しの老婆。14等官未亡人。悪徳なことで有名。ラスコーリニコフに殺害され金品を奪われる。
リザヴェータ・イワーノヴナ
アリョーナの義理の妹。気が弱く、義姉の言いなりになっている。ラスコーリニコフに殺害される。ソーニャとは友人であった。
ゾシーモフ
医者。ラズミーヒンの友人。ラスコーリニコフを診察する。
プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ザルニーツィナ (パーシェンカ)
ラスコーリニコフの下宿の大家。8等官未亡人。
彼女の娘であるナターリヤ・エゴーロヴナ・ザルニーツィナはラスコーリニコフと婚約していたが、病死している。
ナスターシヤ・ペトローヴナ (ナスチェンカ)
ラスコーリニコフの下宿の女中。
ニコージム・フォミーチ
ラスコーリニコフが住む区の警察署の署長。
イリヤ・ペトローヴィチ
ラスコーリニコフが住む区の警察署の副署長。かんしゃく持ちで、「火薬中尉」とあだ名される。
アレクサンドル・グリゴリーウィチ・ザミョートフ
警察署の事務官。ラズミーヒンの友人。
ニコライ
殺人の嫌疑をかけられたペンキ職人。彼の予想外の行動が、この事件をこじらせることとなる。
名前 単語 ロシア語の意味
ロジオン・ロマヌーイチ・ラスコーリニコフ raskol 分割 反対 分離
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン luzha 水たまり
ドミートリィ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン razum 合理性、心、知能
アンドレイ・セミョーノヴィチ・レベジャートニコフ lebezit 追従
セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ marmelad マーマレード
アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ Svidrigailo リトアニア公爵

文献[編集]

※近年刊行で、手に取り易い版のみ記す。

文庫訳書[編集]

関連書籍[編集]

関連作品[編集]

映画[編集]

小説「罪と罰』は幾度となく映画化されている。以下には有名なものをあげる。

テレビシリーズ[編集]

ロシアにて2007年12月に8話からなるテレビシリーズが第一チャンネルにて放映された。番組HP

下記、落合尚之の漫画『罪と罰 A Falsified Romance』を原作としたドラマがWOWOWにて2012年4月29日より放映予定。番組公式サイト

2013年12月4日からNHK Eテレの教養番組『100分de名著』の2013年12月度の題材として、全4回の放送が予定されている。

漫画[編集]

舞台[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 亀山郁夫 『『罪と罰』ノート』 平凡社〈平凡社新書〉、2009年、46, 47p。
  2. ^ a b 亀山 50 - 56p。
  3. ^ 亀山 57 - 58p
  4. ^ 亀山 59 - 63p
  5. ^ 亀山 48p

関連項目[編集]

外部リンク[編集]