荒野の用心棒
| 荒野の用心棒 | |
|---|---|
| Per un pugno di dollari | |
| 監督 | セルジオ・レオーネ |
| 脚本 | ヴィクトル・アンドレス・カテナ ハイメ・コマス・ギル セルジオ・レオーネ |
| 製作 | アリゴ・コロンボ ジョルジオ・パピ |
| 出演者 | クリント・イーストウッド マリアンネ・コッホ ジャン・マリア・ヴォロンテ |
| 音楽 | エンニオ・モリコーネ |
| 配給 | |
| 公開 | |
| 上映時間 | 96分 100分(完全版) |
| 製作国 | |
| 言語 | イタリア語 |
| 製作費 | $200,000 |
| 興行収入 | |
| 次作 | 夕陽のガンマン |
『荒野の用心棒』(伊: Per un pugno di dollari、英: A Fistful of Dollars、原題の意味は「一握りのドルのために」であり、よく知られる英題を訳した「一握りのドル」は誤りであると同時に次作『夕陽のガンマン』との題名上での繋がりもより鮮明になる)は、1964年にイタリアで制作されたマカロニ・ウェスタンである。監督はセルジオ・レオーネ、出演者はクリント・イーストウッド、ジャン・マリア・ヴォロンテ、マリアンネ・コッホなど。
1964年にイタリアで公開され、1965年に日本、1967年にアメリカで公開された。この映画によってマカロニ・ウェスタンというジャンルが確立される。この映画の後にイーストウッド主演による『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン』の2作が制作され、『荒野の用心棒』と合わせて「ドル箱三部作」と呼ばれる。
この映画は黒澤明監督の『用心棒』(1961年)を非公式にリメイクした作品である。『用心棒』を制作した東宝は彼らを訴え、勝訴している。アメリカではユナイテッド・アーティスツがイーストウッドの演じたキャラクターを「名無しの男」として宣伝した。
初のマカロニ・ウェスタン作品であるため、アメリカでの公開時にはヨーロッパ系のキャスト・スタッフの多くがアメリカ風の偽名を使った。レオーネ監督("ボブ・ロバートソン"名義)やジャン・マリア・ヴォロンテ("ジョニー・ウェルズ"名義)、エンニオ・モリコーネ("ダン・サヴィオ"名義)たちも本名を使わなかった。
1966年公開のマカロニ・ウェスタンに『続・荒野の用心棒』(原題:Django)という作品があるが本作とは一切関係ない作品である。
目次 |
ストーリー [編集]
ある日、アメリカ=メキシコ国境にある小さな町サン・ミゲルに流れ者のガンマンが現れる。この街ではギャングの2大勢力が常に縄張り争いをしていた。ガンマンは酒場のおやじシルバニトからそれを聞かされる。ガンマンは早撃ちの腕前をギャングたちに売り込み、2大勢力を同士討ちさせようと試みる。
キャスト [編集]
- クリント・イーストウッド - ジョー、よそ者(「名無しの男」)
- ジャン・マリア・ヴォロンテ(ジョニー・ウェルズ名義) - ラモン・ロホ
- マリアンネ・コッホ - マリソル
- ホセ・カルヴォ(名前はJosé Calvo、 名義はJose Calvo) - シルバニト(日本語吹き替えではカルロス)
- ヨゼフ・エッガー(ジョー・エッガー名義) - ピリペロ、棺桶屋
- アントニオ・プリエート - ドン・ミゲル・ベニート・ロホ
- ジークハルト・ルップ(S・ルップ名義) - エステバン・ロホ
- ウォルフガング・ルスキー(W・ルスキー名義) - ジョン・バクスター保安官
- マルガリータ・ロサノ(名前はMargarita Lozano、 名義はMargherita Lozano) - ドナ・コンスエラ・バクスター
- ブルーノ・カロテヌート(キャロル・ブラウン名義) - アントニオ・バクスター
- マリオ・ブレガ(リチャード・スティフェサント名義) - チコ、ロホの部下
- ベニート・ステファネリ(ベニー・リーヴス名義) - ルビオ、ラモンのライフル持ち
- ラフ・バルダッサーレ - フアン・テディオス、鐘つき
日本語吹き替え [編集]
| 俳優 | 日本語吹き替え | |||
|---|---|---|---|---|
| テレビ朝日1 | TBS版1 | TBS版2 | テレビ朝日2・DVD | |
| クリント・イーストウッド | 納谷悟朗 | 夏八木勲 | 山田康雄 | |
| ジャン・マリア・ヴォロンテ | 小林清志 | 内田良平 | 内海賢二 | |
| マリアンネ・コッホ | 渡辺典子 | 弥永和子 | ||
| ホセ・カルヴォ | 富田耕生 | 根本嘉也 | 今西正男 | 富田耕生 |
| ヨゼフ・エッガー | 槐柳二 | 野本礼三 | 清川元夢 | |
| アントニオ・プリエト | 加藤精三 | 加藤精三 | ||
| ジークハルト・ルップ | 羽佐間道夫 | 田中康郎 | 羽佐間道夫 | |
| ウォルフガング・ルスキー | 島宇志夫 | 大久保正信 | 仁内建之 | 島宇志夫 |
| マルガリータ・ロサノ | 寺島信子 | 北村昌子 | 公卿敬子 | |
| ブルーノ・カロテヌート | 石森達幸 | |||
| マリオ・ブレガ | 藤本譲 | |||
| ラフ・バルダッサーレ | 杉田俊也 | |||
- テレビ朝日 1 :初回放送1971年1月10日『日曜洋画劇場』 - 演出:春日正伸 翻訳:鈴木導
- TBS版 1 :初回放送1974年7月1日『月曜ロードショー』
- TBS版 2 :初回放送1976年6月28日『月曜ロードショー』 - 演出:長野武二郎 翻訳:大野隆一
- テレビ朝日 2 :初回放送1979年6月24日『日曜洋画劇場』 - 演出:春日正伸 翻訳:鈴木導 効果:赤塚不二夫 P・A・G 調整:山田太平 担当:中島孝三
テレビ朝日 2 では上記のメインキャストの他に浅井淑子、緑川稔、仲木隆司、峰恵研、水鳥鉄夫、向殿あさみ、郷里大輔、笹岡繁蔵たちが吹き替えを担当している。また、このバージョンの日本語吹き替えは2006年12月22日発売のDVD『荒野の用心棒・完全版 スペシャル・エディション』に収録されている。
概要 [編集]
イタリアで公開された黒澤明の『用心棒』を見て感銘を受けたセルジオ・レオーネが、日本の時代劇『用心棒』を西部劇に作り変えようとしたのが始まりである。レオーネは同僚の撮影監督や脚本家たちを誘って再度『用心棒』を鑑賞、脚本執筆の参考にするために映画の台詞をそのまま書き写したと言われている[1]。
主演のイーストウッドは当初、第一候補というわけではなかった。セルジオ・レオーネはヘンリー・フォンダの起用を望んでいた。だがフォンダはハリウッド・スターだったため獲得できなかった。その次にチャールズ・ブロンソンに出演依頼をするが彼は脚本が気に入らず、これも実現しなかった。しかし後にヘンリー・フォンダとチャールズ・ブロンソンはレオーネの『ウエスタン』(1968年)に出演することになる。さらにヘンリー・シルヴァ、ロリー・カルホーン、トニー・ラッセル、スティーヴ・リーヴス、タイ・ハーディン、ジェームズ・コバーンらに断られる。そこで代わりに白羽の矢を立てたのが当時テレビ西部劇『ローハイド』でブレイク中だったクリント・イーストウッドだった[1]。この時、イーストウッドが受け取った脚本の題名は「Magnificent Stranger」だったといい、また、その内容は『用心棒』の翻案であることもすぐに読み取った。無名のイタリア人監督がスペインで日本映画の西部劇風リメイクを制作するという如何にも胡散臭い企画ではあったが、『ローハイド』出演の際に他のハリウッド映画に出演できないという契約を結んでいたイーストウッドはヨーロッパへの物見遊山気分半ばでオファーを受諾、無事撮影が開始されることになった。
イーストウッドは名無しの男の役作りに励んだ。彼はブルーのジーンズをハリウッドで、帽子をサンタモニカで、葉巻をビバリーヒルズで買った。また彼は『ローハイド』で使っていた、蛇の飾りがついた銃のグリップも持ち込んだ。ポンチョはスペインで手に入れた。名無しの男の衣装はレオーネと、衣装監督のカルロ・シーミによって決められていった。
撮影はスペインのアルメリア地方で行われた。また、この作品にはアメリカ、ドイツ、イタリアなど様々な国の俳優が出演している。そのため撮影時にはそれぞれの母国語でしゃべり、イタリア公開時にはイタリア語、アメリカ公開時には英語に、セリフが吹き替えられた。
音楽 [編集]
この映画の音楽はエンニオ・モリコーネ(ダン・サヴィオ)によって作られた。レオーネはモリコーネに「ディミトリ・ティオムキンの音楽」を作曲するように言った。この映画のトランペットのテーマは『リオ・ブラボー』(1959年)でティオムキンが作った「皆殺しの歌」に似ている。
関連作品 [編集]
黒澤明の『用心棒』 [編集]
本作品は映画の筋書きや登場人物、演出、台詞などからわかるとおり明らかに黒澤明の『用心棒』の翻案である。クリント・イーストウッドに出演依頼を行う際に「日本映画のリメイクを作る」と伝えている[2]。しかし、監督のセルジオ・レオーネと製作会社は公開にあたり黒澤明の許可を得ていなかった。そのため『用心棒』の製作会社がレオーネたちを著作権侵害だとして告訴、勝訴している。この裁判の結果を受けて『荒野の用心棒』の製作会社は黒澤たちに謝罪し、アジアにおける配給権と全世界における興行収入の15%を支払うことになった[3]。また、この裁判の過程で映画の著作者が受け取る世界の標準額を知った黒澤は東宝に不信感を抱き、契約解除、ハリウッド進出を決意させる要因にもなった。
影響 [編集]
1960年代初期からイタリアでは西部劇が作られていたが、そのイタリア製の西部劇、いわゆるマカロニ・ウェスタンが世界的に知られるようになったのは『荒野の用心棒』のアメリカにおける大ヒットからである。その暴力的なシーンを多用した乾いた作風や激しいガン・ファイトが、当時の西部劇の価値観を大きく変えたと言われている[4]。1960年代中盤から1970年代にかけてイタリアでは大量のマカロニ・ウェスタンが量産されるようになったが、現在でもマカロニ・ウェスタンの代表作として本作品を挙げる人は多い。
アメリカに帰国後、再び『ローハイド』に出演していたイーストウッドはヨーロッパ全域で『A Fistful of Dollars』という映画が人気を博しているという噂を耳にしたが、それが自分が主演した「Magnificent Stranger」のことであるとはまったく知らなかった。この作品、及び一連の後続作品の影響で当時、ヨーロッパで最も有名なアメリカ人の一人となり、訪米した多くの著名なヨーロッパ人が彼との会見を希望したが、落ち目のテレビ俳優と認識していた周囲の人たちはその光景が不思議ものに見えていたという。因みに本作が全米で公開されたのは本国公開から3年後の1967年である。
その知名度の高さゆえか本作品は他の映画やアニメ、テレビゲームなどでパロディにされることも多い。日本では三池崇史監督がオマージュ作品として、2007年に『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』を制作している。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- 荒野の用心棒 - allcinema
- 荒野の用心棒 - KINENOTE
- Per un pugno di dollari - AllMovie(英語)
- Per un pugno di dollari - インターネット・ムービー・データベース(英語)
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