2013年タイ反政府デモ

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2013年タイ反政府デモ
Protesters at Democracy Monument, November 2013.jpg
2013年11月30日に民主記念塔に集まった抗議者
日時 2013年11月4日–現在
場所 タイ王国の旗 タイ
原因 2004年以後の犯罪を赦免する恩赦法案の提出、及びタイ貢献党とタイの政治に及ぼすタクシン・チナワットの影響力への反発
目標 反タクシン元首相派政権の樹立、並びに「タクシノクラシー英語版」の排除
手段 街頭抗議、行政府の占拠
status 進行中
市民闘争の団体
  • 人民民主改革委員会(PDRC)
  • 民主党
  • その他諸団体 (労働組合や過激派学生団体)
主導的人物
ステープ・トゥアクスパン
アピシット・ウェーチャチーワ
インラック・シナワトラ
人数
100,000–400,000人 (バンコク)[1][2]
  • 70,000人の赤シャツ隊支持者[3]
  • 21,000人の警察官と約2700人の兵士(バンコク)[3][4]
死傷者
死者 10人[注釈 1]
負傷者 256人[5]

2013年タイ反政府デモ(2013ねんタイはんせいふデモ)は、2013年11月25日から、タイ反タクシン派野党民主党ステープ・トゥアクスパン元副首相が反タクシン派政権の樹立を狙って主導している大規模なデモ一揆)であり、インラック・シナワトラ首相の辞任を要求している。政府を支持するタクシン派と反政府派の衝突により、今までに少なくとも30人が死亡した[6][7][8][9]

推移[編集]

デモの発生[編集]

2013年10月28日2010年暗黒の土曜日事件で、当時のアピシット首相と治安担当のステープ副首相が国軍に発砲を許可し、ロイター通信村本博之カメラマンをはじめ90人以上の市民を虐殺、約2000人を負傷させたとして、検察は2人を殺人罪などで起訴した[10]。 起訴当時、インラック政権与党のタイ貢献党は、2006年軍事クーデター以降にデモや政治的事件で訴追されたタクシン元首相派反タクシン元首相派双方の人に恩赦を与える恩赦法を上程していたが、国外亡命中のタクシン元首相の帰国に道が開くとして、反タクシン元首相派の民主党がこれに反発し、民主党支持者がデモを行っていたが、逮捕されることを恐れたステープ元副首相は、このデモに便乗して、タクシン元首相派のインラック政権の打倒を主張するようになった[11]

11月25日、タクシン元首相派のインラック首相を退陣させ、選挙によらずに政権移譲をするために、ステープ元副首相が率いる民主党の議員らが議会制民主主義を放棄し、インラック首相との紛争の場を街頭に移す作戦「民衆のクーデター」を開始した[12]。これにより、民主党人民民主改革委員会(略称PDRC)はバンコクにおいて大規模なデモを行い、政権打倒を掲げる武装デモ隊が活動を過激化し、25日に財務省外務省などの政府庁舎を占拠し、26日には運輸省観光・スポーツ省なども包囲し一時占拠した。参加者の一部は暴徒化し、住民や外国メディアに対しても敵対姿勢を強めており、警察本部前で行われたデモでは、ドイツ人カメラマンが襲撃された[13]

29日、民主党はインラック首相の退陣とタクシン元首相の政治的な人脈の解体を求める反政府デモを全面的に支持すると表明し[14]、党首のアピシット前首相自ら率いる武装デモ隊がバンコクのアメリカ大使館を包囲した。デモ隊は1000人以上で、大使館の担当者に今回のデモの趣旨を説明する手紙を手渡した[15]

インラック首相は連帯と和解、法の順守を呼びかけ、「政府は警察や治安当局に対し、国際的な慣行に基づく穏当な対応を指示した」とする声明を発表した。しかし、デモ参加者らは、選挙を拒み現行の民主政府を直ちに停止して、反タクシン派主導の暫定政府「人民評議会」の設置や、民選国民議会下院)を廃止し、選挙によらない利益団体の代表からなる「人民議会」の設置を求めており、要求が過激化している[16][17]

一方、バンコク郊外の多目的競技場では、タクシン元首相派政治団体の反独裁民主統一戦線UDD)がインラック政権を支持するための大規模な集会を開催しており、警察当局発表で約2万5千人が参加した。タクシン元首相派の人々が集会を開いていた競技場周辺では、11月30日夜から12月1日未明にかけ、反タクシン派武装デモ隊がUDDの集会を襲撃する事件が起きた。警察当局によると、反タクシン派武装デモ隊による銃撃で、集会参加者3人が殺害され、50人以上が負傷した。こうした事態を受け、UDDは集会を中止し支持者に帰宅するよう求め、タクシン元首相派のデモは衝突を避けるために撤収した[18][19]

武装デモ隊は12月1日を政府退陣への「勝利の日」と定め、首相府全省庁国会議事堂を制圧下に置くと宣言し占拠を試みたが、首相府をはじめとする全省庁の占拠は失敗した。インラック首相は、反政府デモが過激化していることを受け、これを平和的に解決するために、改めてデモ隊との話し合いに応じる姿勢を示し、武装デモ隊を率いるステープ元副首相は、軍司令官らの出席の下でインラック首相との会談に応じた。ステープ元副首相は、「治安部隊が武器を置けば、われわれはこれを歓迎する」としたものの、「何の合意もなかった。これが最後の会談で、民衆が勝利するまで再会はないと明確に伝えた」と述べ、今後もデモを継続する意向を示した[20]。これに対しインラック首相は、「デモ隊や学識経験者を招き議論で解決したい」と演説し、話し合いの継続を訴えた[21]

12月3日、プミポン国王誕生日が5日に迫る中、政府とデモ隊の間で、国王誕生日を祝うために、今後数日間は衝突を回避することを合意した。これを受けて警察当局は、首相府と治安当局本部へ向かうデモ隊に対して今後は実力行使しないと発表した。機動隊は突入を図る武装デモ隊に対し封鎖を解除し、デモ隊がバンコクの首相府と首都圏警察本部の敷地に入ることを認めた。武装デモ隊は1時間ほど敷地内に入り、「勝利宣言」を行った後に立ち退いた[22]

12月5日、プミポン国王は国王誕生日を祝う式典の演説で、過激化するデモ活動を懸念し、国民が手を取り合って長年の平和を保つよう呼びかけた[23]。しかし、国王の呼びかけにもかかわらず、8日、民主党党首のアピシット前首相は、「現在の我が国の危機を招いたのはインラック政権の方だ」と批判し、民主党所属153人の全下院議員が議員辞職することを表明した[24][25]

軍部の反応[編集]

陸軍は2006年9月19日、タクシン首相退陣を求める反タクシン派のデモが高まる混乱の中、軍事クーデターに乗り出し、タクシン政権崩壊を導いた。そのため、11月29日、反タクシン派の武装デモ隊約1000人は、バンコクの陸軍本部の敷地内に乱入して、本部建物前の広場を占拠し、反タクシン派を支持するよう訴える書簡を手渡したいとしてプラユット陸軍司令官との面会を要求した。これに対し司令官は、武装デモ隊との面会を拒否し、「陸軍は国王に仕え国民を保護する。デモ隊が陸軍の立場を理解することを期待する」と伝達し、武装デモ隊に撤収を求めた。武装デモ隊による陸軍本部乱入を受けて記者会見したニパット国防次官は「政府と陸軍司令官は、デモ隊排除のために武力行使することはないと常に強調してきた」と述べた。

インラック首相はプラユット司令官と良好な関係を保っているとされ、陸軍は今回の反政府デモとは距離を置き、静観する構えを示している。インラック首相は流血の事態に発展するのを避けるため「デモ隊に武力を行使しない」と繰り返し表明し平和的な解決を訴えており、国軍もバンコクと近隣地域の警備態勢を強化し、治安維持などで警察を支援するために国軍兵士を派遣している[26]

議会の解散と総選挙へ[編集]

こうした状況を受け、インラック首相は12月9日、「混乱を収拾するため、この際選挙によって国民の意思に委ねるべきである」として下院を解散して2014年2月に総選挙を実施することを表明し、プミポン国王に下院解散の勅令を提案した[27][28]。プミポン国王もこれに同意して下院解散の勅令に署名し、2014年2月2日にタイ下院総選挙を実施することが決定された[29]。これにより、総選挙に反対することは、首相のみならず国王に対しても抗議することになる。

しかし、ステープは「首相の辞任や下院の解散だけでは抗議活動はやめない」と述べ徹底抗戦を宣言し[27]、首相府へのデモを延長するとした[29]。さらに反政府派指導者の一人であるサティット・ウォンノントイは、「タクシン派を排除した上で、国民から選んだ代表で議会を構成することが望ましい」と発言してデモ継続を宣言している[25]。インラック首相が下院解散と総選挙実施に踏み切ったことをタイ国軍や国際社会が支持したため(後述)、反タクシン派の武装デモ隊は14日、陸軍の司令部やアメリカ大使館を襲撃し占拠する計画を明らかにし、計画を実行に移すと宣言した[30]

下院解散を受けてもなお継続する反タクシン派による反政府デモに対し、インラック首相は「憲法の規定に従って暫定首相としての責務を果たさなければならない」として辞任を拒否し、下院総選挙後の新内閣発足まで政権を担当する意思を涙をこらえながら改めて表明した[31]

国王や軍部、国際社会も来年2月に予定される総選挙を支持しているにもかかわらず、連敗中の総選挙を避けつつ、政権打倒を果たしたい民主党は12月21日、民主主義議会主義を放棄して、総選挙をボイコットすることを正式に決めた[32]

ステープ元副首相は、「首相が辞任するまでデモを続ける」と支持者に訴え、武装デモ隊はバンコク中心部の繁華街や日本人が多く居住するエリアの道路を封鎖するなどして座り込みを始めた。また、ステープ元副首相は武装デモ隊に、立候補受付会場を取り囲み、立候補の受け付けを妨害するように呼び掛けた。武装デモ隊は立候補受付会場のタイ日スポーツスタジアムに集まり、立候補の受け付けを妨害し、武装デモ隊の妨害によって28選挙区で立候補の受け付けができなかった[33]

バンコク封鎖[編集]

2014年1月13日、反タクシン派の民主党人民民主改革委員会は、バンコクに武装デモ隊を結集して「バンコク封鎖」と称する威圧的な示威行動を行い、バンコク中心部の主要な7ヶ所の交差点にバリケードを設置して幹線道路の交通を遮断したり、電気や水道施設を破壊してライフラインの供給を止めたりする暴力的なデモを始めた。日本人が多く住むスクンビット地区では、武装デモ隊が道路を占拠して集会を開いて交通を妨害しており、バンコク日本人学校が臨時休校したり、一部の日系企業が自宅待機を命じたりするなど、タイの日本人社会にも不安が広がっている[34]。 これにより、バンコクは大混乱となり、官庁街やビジネス街では、省庁や企業事務所の閉鎖が相次ぎ、バンコクの高校や大学など合わせて400校以上が休校となった。そのため、政府は警察と国軍1万5000人を動員して、警備を厳重化した。

武装デモ隊は、暴力的なデモをさらにエスカレートさせ、スワンナプーム国際空港管制塔や数千の旅客機の通信を行う航空無線公社を占拠して、航空機の離発着を妨害することを計画している[35]。そのため、航空局は乗客に対して、不足の事態に備え出発4時間前までに空港に到着するように呼びかけた。また、他の重要なターゲットとして、タイ証券取引所を占拠し、取引を妨害してタイ経済を混乱させることも計画している[36]。ステープ元副首相は、インラック首相が武装デモ隊の辞任要求を拒否し続けた場合には、首相を拘束すると表明し、一部過激派グループは、首相を殺害すると警告した[37][38]

政府は解決策や選挙の延期についてデモ隊に話し合いを申し入れたが、武装デモ隊を率いるステープ元副首相は、以後インラック政権を相手としないとして話し合いを拒否した[39]

政府は1月22日、武装デモ隊による爆発や銃撃などのテロ行為により治安が悪化していることを受け、総選挙実施に反対するデモ隊の動きをけん制し、2月2日の総選挙に伴う混乱を最小限にとどめるために、首都バンコクと周辺各県に非常事態宣言を発令した。もっとも、インラック首相は、「関係当局には交渉を優先し、運用を慎重に行うよう指示した」と述べ、武力による強制排除などは極力行わない方針を強調した[40]

下院総選挙の実施、憲法裁判所による無効決定[編集]

1月26日に行われた期日前の不在者投票では、選挙阻止を狙う武装デモ隊が投票所を封鎖するなどして妨害し、375選挙区のうち83選挙区が中止に追い込まれた[41]

2月2日、下院総選挙が予定通りに実施された。選挙管理委員会によると、タクシン元首相派のインラック政権が地盤とする北部や東北部では投票に支障はなかったが、武装デモ隊の妨害などにより、全国77都県の375の小選挙区のうち、立候補の受け付け自体ができなかった所を含め、約2割にあたる69選挙区で投票のできない投票所があり、9万3952の投票所のうち約1割にあたる18都県の1万139ヶ所で投票できなかったため、妨害された投票所では投票のやり直しが必要となった。また、1月26日の期日前投票が妨害された選挙区や、立候補受け付けを阻まれ候補者がゼロとなった南部の選挙区でも再選挙を実施する必要がある[42]

こうした状況を受けてタイ民主党はタイ憲法裁判所に対して『今回の選挙は(不正常な形で行われており)無効である』と申し立てを行ったが、2月12日に申し立ては却下された[43]

しかしタイ王国オンブズマンが「『下院選挙を全国一斉に施行出来なかった』こと、『選挙投票日から30日以内に下院議会を召集・開会出来なかった』ことなどがタイ王国憲法に違反する」としてタイ憲法裁判所に選挙無効の訴えを起こした[44]。この訴えに対して3月21日、タイ憲法裁判所が『選挙を無効とする』決定を下した[45]。これにより2014年タイ王国下院総選挙は改めてやり直しとなる方向となった[45]

インラック首相の失職[編集]

2014年5月7日、タイ憲法裁判所は、2011年にインラックが首相権限を行使してタイ国家安全保障会議事務局長を自らの縁者に交代させた件について『憲法に違反する行為である』という判決を下した。これによりインラックは首相の職を失うと共に、インラック政権の主要閣僚9名も失職した[46][47]

首相失職による事実上のインラック政権崩壊を受け、首相代行には副首相のニワットタムロン・ブンソンパイサーンが就任した[46]

タイ国内の反応[編集]

総選挙を受け入れず、民主党の一党独裁による「人民評議会」や利益団体の代表により構成される「人民議会」の設置を要求し、日ごとに独裁色を強めていく武装デモ隊主導者のステープ元副首相の姿勢に対して、国内からは厳しい世論が寄せられた。

タイ英字紙のネーションは、もともと民主党への支持傾向が強いが、12月10日付の社説で、「人民評議会」の設置要求について選挙制度の枠外で暫定政権を任命する明確な法律の規定はないと指摘し、タイには選挙で選ばれない首相がいた長い歴史があるが、過去の独裁の記録がいかに悲惨なものだったかを再考すべきだとした。デモ隊への合流を決めた民主党の対応も、クーデターかそれと同等のものに道を開く行為で、「完全な民主主義」を助長するどころか、民主的な制度を弱体化させるものだと批判した。また、反タクシン派に近い論調で知られるバンコク・ポストも11日付社説で、下院の解散によりステープの仕事は終わったと主張し、人民評議会は独裁への回帰だと痛烈に批判した[48]

国軍のタナサック最高司令官は、ステープ元副首相に対し、来年2月2日に実施する総選挙を支持するよう促した[49]。ニパット国防次官も、国軍は総選挙実施を支持し、選挙を自由かつ公正にするため支援する用意があると述べた[50]

国際社会の反応[編集]

国際社会からは、過激化するデモ活動を懸念する声が相次いでいる。民主党人民民主改革委員会が選挙によらない「人民議会」へ権力を全権委任すべきと主張していることについて、法的正当性がなく、タイが民主主義制度を放棄するのではないかとの懸念につながっており、国際社会からは受け入れられていない[51]

国連の潘基文事務総長は2014年1月10日、「状況の悪化を強く懸念している」と述べて武装デモ隊に自制を促し、対話による解決を促した[52]
外務省の佐藤地外務報道官が2013年11月26日に談話を発表し、大規模な反政府デモが発生し、武装デモ隊が政府庁舎を占拠している状況について懸念を表明し、暴力を行使することなく自制ある行動を取るよう促し、当事者間の対話を通じて事態が早期に沈静化することを求めた[53]。また、タイへの渡航に関する注意情報を出し、バンコクのデモ会場周辺には近づかないよう呼びかけた。
タクシン元首相と親交のある安倍晋三内閣総理大臣は12月15日、タイにおける大規模デモに際して死傷者が発生し、公共施設の占拠等が行われていることを憂慮しており、事態が平和裡に収拾されることを強く期待している、今後、公正な選挙が円滑に行われることを期待する旨述べ、日本人や日本企業の安全確保を要請した[54]
菅義偉内閣官房長官は2014年1月22日、タイ政府が首都バンコク全域に非常事態を宣言したことを受け、「深い憂慮をもって注視している。対話を通じて平和裏に事態が収拾されることを望む」と語り、武装デモ隊の暴力的な行動を誘発しない慎重な対処を期待した[55]。  
国務省のジェン・サキ報道官は2013年12月9日、「アメリカはすべての当事者に対し、タイ国民の意思が反映され、法の支配が強化される形で平和的かつ民主的に政治的違いが解決されるよう促す」との声明を発表し、「アメリカは長きにわたって友人であり同盟国であるタイの民主的制度とプロセスを強く支持する」と反タクシン派をけん制し、インラック首相を支持した[56]

デモの影響[編集]

日本・ASEAN特別首脳会議に出席するため、インラック首相が訪日する予定であったが、デモの対応に専念するため、ニワットタムロン・タイ副首相兼商務大臣が代理で出席した[57]

市民生活への影響も出ており、現地の日本大使館は、不要不急な外出を控えるように呼びかけている。バンコクでは、日本人学校を含め高校や大学など合わせて400校以上が休校となり、バンコク伊勢丹が入るセントラルワールドは、時間を短縮して営業している。デモ隊が占拠する地域は日系企業の事務所も多く、これらの企業は郊外に臨時オフィスを設けるなどの対応を迫られ、バンコクに事務所を構える日系企業は、郊外に勤務地を変更して業務を継続したり、状況に応じて自宅勤務をするなどの対応をしており、交通がまひし帰宅できない従業員を想定して、水や食料、寝具を準備している[58]

混乱の長期化でタイを訪れる外国人旅行客が減少し、バンコクではホテルのキャンセルが相次ぎ、商業施設も客が激減するなど、観光業への打撃が大きく、貨物を積み込む旅客機の減便も相次いでおり、予定通りに貨物を運輸できなくなっている状況が続いている[59]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 4人の犠牲者は、11月30日から12月1日にかけての反政府側と政府側の抗議者の間の衝突によるもの。

出典[編集]

  1. ^ Kocha Olarn (2013年11月27日). “Thai anti-government protesters target more ministries”. CNN. http://edition.cnn.com/2013/11/26/world/asia/thailand-government-protests/ 
  2. ^ Thomas Fuller (2013年11月26日). “Demonstrations in Bangkok Raise Concerns About Stability of Thailand”. New York Times. http://www.nytimes.com/2013/11/27/world/asia/bangkok-protests-spur-concerns-about-thai-stability.html?_r=0 
  3. ^ a b “Thailand clashes: PM forced to flee as violent demonstrations escalate”. The Guardian. (2013年12月1日). http://www.theguardian.com/world/2013/dec/01/thailand-protest-yingluck-shinawatra-violence 2013年12月1日閲覧。 
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外部リンク[編集]