逢魔時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
鳥山石燕今昔画図続百鬼』より「逢魔時」

逢魔時(おうまがとき)、大禍時(おおまがとき)。元来、和語「まがとき」は、「まがまがしいとき=禍々しい時」のことで、漢語の「魔(マ)」とは無関係な語である。したがって、ここの説明で、漢語の「魔(マ)」と関連している説明は、元来の和語「まがとき」とは無縁の、後世における歪説である。さらに、「逢=あふ」と「大=おほ」は全く異なる言葉であり、「逢魔時=あふまがとき」は後世における歪説の典型である。

 事象の説明なので典型的な事象例を挙げて説明する。「たそがれ」は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯である。西の空から夕焼けの名残りの「赤さ」が失われて藍色の空が広がると、「まがとき=禍時」という時間帯に入る。この時間帯では、「物の影」のような薄暗がりから「(古代多くの人々が着ていた)土色の服を着た人」が現れると、ひどく驚くことになるため「まがまがしいとき」の由来になった。

 和語「おほまがとき=大禍時」とは、和語「まがとき」の時間帯のうち、西の空に深い藍色が広がり、さらに闇が近くなって禍々しさがまさった時間帯のことである。なぜこの言葉が生まれたかは、目の「明暗順応」に原因が探られる。すなわち、和語「おほまがとき=大禍時」とは、ヒトの目が、宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことである。ヒトの目が、宵闇の暗さに順応して、暗闇でも物の形が区別できるようになれば、「宵」という時間帯に入る。

時刻[編集]

逢う魔が時(おうまがとき)・逢う魔時(おうまどき)ともいい、黄昏時(たそがれどき)のことで、古くは「暮れ六つ」や「酉の刻」ともいい、現在の18時頃のこと 。黄昏時は黄が太陽を表し、昏が暗いを意味する言葉であるが、「おうこん」や「きこん」とは読まないのは、誰彼(「誰そ、彼」の意)時とも表記し、「そこにいる彼は誰だろう。良く分からない」といった薄暗い夕暮れの事象をそのまま言葉にしたものであるのと、漢字本来の夕暮れを表す文字を合わせたものだからである。

意味[編集]

読んで字の如く、逢魔時は「何やら妖怪幽霊など怪しいものに出会いそうな時間」、大禍時は「著しく不吉な時間」を表していて、昼間の妖怪が出難い時間から、いよいよ彼らの本領発揮といった時間となることを表すとする。逢魔時の風情を描いたものとして、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』があり、夕暮れ時に実体化しようとしている魑魅魍魎を表している。

そして「丑の刻」も、昼とは同じ場所でありながら「草木も眠る」と形容されるように、その様相の違いから常世へ繋がる時刻と考えられ、平安時代には呪術としての「丑の刻参り」が行われる時間でもあった。

背景[編集]

古来から日本にある民間信仰古神道縄文神道ともいい、縄文時代にはすでに、死生観から神霊の存在が信じられてきた。その世界観において現世(うつしよ)と常世(幽世・隠世)という神域であり死後の世界が、存在すると信じられていた。

空間時間の様相の特徴的な部分は、神域に繋がる端境と考えられており、自然山河神奈備)の磐座・磐境)や鎮守の森神籬)や水平線蜃気楼)や那智滝)などから地形のなど、「がらりと風景が変わる場所」が神域へ誘う場所と考えられ、一日の時間もその特徴的な部分を神域との端境と考えていた。

また、『日本書紀』や『万葉集』などの記述には、常世は常夜という2つの様相があり、神の国は永遠で時の無い世界であるとしたが、時が無いことは夜か昼のどちらかになってしまうので、昼の常世と夜の常夜に分けていたと考えられる。常夜は黄泉の国や禍をもたらす、いわゆる地獄のような場所で、荒ぶる神が住まう場所と考えられた。

関連項目[編集]